<調査報道の可能性と限界>第5回 「内部書類を手に入れろ」調査報道のプロセスは?
内部書類への依拠は危険もはらむ
調査報道においては、内部書類に依拠することもまた別の意味で危険をはらんでいます。 1990年代の半ば、全国で「官官接待」批判が巻き起こりました。情報公開制度の運用が始まったばかりのころで、各新聞社はあちこちで自治体の書類を入手。その中で、地方自治体が「食糧費」「会議費」を使って中央省庁の官僚を酒席などで接待していた、という内容です。「中央の情報を取るため」などと説明されましたが、税金で公務員を接待していいのか、という疑問が噴出したわけです。 ところが、北海道でこの取材に当たった記者は「官官接待は自治体の虚偽だった。裏金づくりの方便だったが取材を重ねるうちに判明した」と著書で明かしています。北海道庁は実施してもいない酒席をホテルや料亭で開いたことにして、食糧費などで裏金を作り、現金で役所内に保管して自在に使っていた、と。つまり、会計書類に記載された「○○省幹部と情報交換会を開催」といった理由がそもそもウソであり、公文書には最初から虚偽内容が記載されていたわけです。 官官接待は最初、「いくらなんでもやりすぎ」「いやいや情報の少ない地方は仕方ない。必要悪だ」といった視点でも報道されていましたが、公文書に記されたカネの使途が実態と全く違うことが明らかになったことで、「カラ会食」「カラ会議」問題へと姿を変えていきました。
当事者証言集めに「潜行」取材も
物的証拠を入手する努力を重ねると同時に、調査報道では当事者や周辺者の証言を集めることに力を注ぎます。取材対象者に早い段階で取材目的を知られてしまえば、口裏合わせや証拠物の廃棄などが行われる可能性もありますから、多くの場合、取材は「潜行」して進む場合が少なくありません。 調査報道に関する著作や論文などによると、取材方法の是非は別として、取材現場では、協力者に依頼して内部の会合を録音してもらったり、相手に内緒で取材内容を録音したりする例もあったようです。また取材対象者1人に対し、何度も取材を重ねることは当たり前のように行われています。 ただ、そうやって集めた証言は、物的証拠よりも「誤り」を含んでいる可能性が高く、関係者の証言のみに依拠する調査報道は危険をはらんでいます。 人間の記憶はあいまいです。その上、調査報道においては、不正の当事者や周辺者らが事実を隠したり、ねじ曲げたり、大袈裟に語ったりするケースが少なくありません。取材には法的強制力はありませんから、「取材に応じない」と言われたら、それまでです。そうやって集めた証言を付き合わせ、出来事の全体像を掴もうとしても、証言のどこかに歪みがあれば、ジグソーのピースは埋まりません。