『LIAR』が魅せるバブル期の東京の夜空 なぜ、ファンは中森明菜の歌に感情移入できるのか?
平成がやってきた。中森明菜が激動の中で翻弄される平成元年がやってきた。それでも本書では、音楽以外の話題は最小限に留めたい。ここは書き手としても腕の見せどころ、踏ん張りどころだと思っている。 ※本稿は、スージー鈴木著『中森明菜の音楽 1982-1991』(辰巳出版)を一部抜粋・編集したものです。
「昭和の中森明菜」の総括、総決算
激動が待ち伏せることなど知らなかったように、楽曲としてオリコン1位に復帰。しかし27.5万枚という数字は、同じく1位でも、例えば60万枚を超えた『十戒(1984)』『飾りじゃないのよ涙は』『ミ・アモーレ』などの往時と比べて、かなり食い足りないということを指摘しなければならない。 首位に立ったのは、平成最初のゴールデンウィーク直後=5月8日付ランキング。2位は矢沢永吉『SOMEBODY'S NIGHT』。しかし、中森明菜が憧れ続けた矢沢は、もうワーナー・パイオニアから離脱し、東芝EMIに移籍している。しかし音楽的には、前作に続いて、「昭和の中森明菜」の総括、総決算という感じ。ピークが続いている。掛け値なしに素晴らしいといえる。 正直、デビューシングルから順繰りに聴いてきたことが加点していると思う。逆にいえば、とびきり甘美な「総決算感」を味わうだけのために、デビューシングルから順繰りに聴いてみることをおすすめしたい。
「ザ・中森明菜ボーカル」の完成形
細かく見れば、前作『I MISSED "THE SHOCK"』に比べて、より歌謡曲的だといえる。音楽的には全体的にキャッチーだし(特にサビ)、さらに、そのサビの歌詞「ただ泣けばいいと思う女と 貴方には見られたくないわ」(でも)「次の朝は一人目覚める 愛は悪い夢ね」という、やや孤独な歌詞世界は、中森明菜ファン(特に女性)には感情移入・自己投影しやすいものだったはずだ。 しかし、サウンドが「いかにもな歌謡曲」になるのを食い止める。まずイントロでは、5小節目から激しく派手に動くピアノ(のような音)、とりわけ後半の三連符連打が聴き手の気持ちをいきなり揺さぶってくる。 続くAメロにおける中森明菜の低音域発声も安定的(最低音=F♯)で、ボーカリストとしての進化を感じさせる。またキャッチーなサビ=「ただ泣けばいいと~」からのメロディの歌い方はもう「ザ・中森明菜ボーカル」の完成形だろう。