「証券会社の窓口で勧められるがまま購入」悲惨な経験で“投資”がトラウマになった山口真由さんの恐怖心を取り除いた一冊(レビュー)
“億り人”のサクセスストーリーとは違う世界観
さてここで冒頭の問いに戻ろう。投資を指南する人がなぜいまだジャーナリストを本業としているのか。第一の理由はさほど多くのページを繰らずに明らかになる。本書が勧める投資法は、一発当ててすっぱり仕事を辞めようなどというハイリスクハイリターン勝負ではないのだ。 「投資で成功した」と聞いて多くがイメージするのは“億り人”かもしれない。複数のチャートにかじりついてカップラーメンを食べているデイトレーダーや、初期の暗号資産に投資して資産を何十倍にも増やした先見の明を持つ個人、そういう垂涎もののストーリーが巷にあふれる反面、恐怖を煽る話もそれ以上に多い。今年の8月5日、上昇基調だった東京株式市場が1987年のブラックマンデーを超える過去最大の大暴落幅を記録したのは記憶に新しい。とある実業家は、この大暴落によって10億円程度あったはずの日本株資産がマイナス評価にまで落ち込んだとYouTubeで告白している。 そう聞くと、そんな博打みたいな相場に手を出すより、コツコツと貯蓄した方がよいと思うのが大多数だろう。こういうごく“ふつうの人”が採用すべきシンプルな投資法を説くのが本書である。すなわち、見込みのある(と信じた)個別株になけなしの全財産を注ぎこんで一攫千金を狙うのではなく、むしろ毎月給与の一部を貯金に回してきたのと同じノリでコツコツと続けるスタイルだ。本書におけるもっとも重要な格言の1つは「時間が私たちに味方する数少ないケースが、投資の世界なのだ」という部分だろう。肌の老化、経年による劣化、マシンの処理速度の鈍化――時間の及ぼす残酷な影響は枚挙にいとまがない。だが投資に関しては私たちに有利に働く。そう、一夜にして労働から解放されたいと願って投機に手を出すよりも、本業を続けながら時間とともに投資による収入が増えるのを待つ。これが筆者の説く世界観である。
「一定のメンタルを維持する能力」こそ重要
筆者が投資をしながらジャーナリストでもあり続ける理由の第二として、本書の後半部分を読みながら私が推測したのはメンタルの問題である。かつて、金融界で成功している知人に投資理論を尋ねてみたことがある。PBR割れを買うとか、IPO投資をするとか、さらにマニアックな方法論があるのだろうと期待していたのだ。だが結果として、ルーティンを崩さないこと、浄財として寄付すること、忙しくても瞑想を欠かさないことなど、マインドセットに関する話を延々と聞くことになった。秘訣を明かしたくないのかという当時の邪推は、本書を読む過程で、いたって誠実に答えてくれたという感謝に変わった。投資すること、特に投資を継続することにおいてもっとも重要なのは、一定のメンタルを維持する能力なのだという。 「まずは積立てで株式投資をはじめましょう。そして株価の下落局面になったら、売却するのではなく、逆に買い増しましょう。安く買って高く売る。これこそが投資の基本です。」 いまどき少しでも勉強していれば、誰でもこれくらいのことは“いえる”。だがそのうち実際に“できる”人はどのくらいいるのだろう。例として、先の実業家の話に戻ろう。8月5日の歴史的な暴落に先立つ2日の金曜日、日本株はいったん急落している。彼の話によれば、いままでの利益分が吹っ飛ぶ事態に直面したものの、下落局面こそが買い時であるという理論に従って追加購入したのだそうだ。だが、損した分を取り戻そうと信用取引に手を出したのが仇となった。土日を挟んで5日のマーケットの歴史的暴落の威力がレバレッジをかけて襲ってきたのだから。そして、信用買いというハイリスク取引に及んだ理由について、彼は「パニックにな」ったと述べている。 この男性が愚かなのだろうか。そうじゃないと私は思う。「億」などという単位で投資したことはない。生活に必要なお金をつぎ込んだこともない。それでも私は赤字に大きく動揺したのだ。心臓がひりつき、心に曇天を抱える――そう、投資はストレスである。正しいスキームを理解し、時間を味方につけて淡々と蓄積していく。それでも晴れの日もあれば雨の日も風の日も、台風が吹き荒れる夜だってある。そういうときにもパニックにならず、平常心でいられることこそが、実は投資を成功させる最大の秘訣ではなかろうか。だからこそ筆者はジャーナリストという職業を続けているのかもしれない。取材をする。分析する。それをまとめて本にする。収入に関して2本の柱を持ち、さらに本業で忙殺されて投資にかける時間をむしろ減らす。そうすれば、資産の増減を日々確認し、見通しの暗さに頭を悩ませ、そうやって市場というコントロールの及びえない猛獣にやきもきして消耗するエネルギーを節約できるに違いない。