地球温暖化で増殖する害虫たちの対策は、まず知ることから
糸山 享(明治大学 農学部 教授) 変温動物である昆虫にとって、気温の上昇は基本的には増殖要因となり、地球温暖化が進む近年、そのなかに含まれる農業害虫や衛生害虫の増殖が目立つようになっています。また、温暖化に限らず人為的な環境変化が、害虫の個体数の増加や分布の拡大につながっているのも問題です。その対策をとるためには、昆虫が地球上で生き抜くために身につけてきたさまざまな能力、生活史特性を知ることが重要です。 ◇気温が高くなれば昆虫の発育スピードは早くなり、越冬もしやすくなる 地球温暖化が進むと、なぜ害虫が増えるのでしょうか。そこには、それぞれの昆虫の一生の生き様、生活史が大きく関わってきます。 変温動物である昆虫にはそれぞれ、発育・生殖して次世代を残す基準となる発育零点という温度があります。基本的には、それを超えた温度をエネルギーとして昆虫は体内に溜め、発育していくわけです。たとえば発育零点が10℃の昆虫なら、12℃の日には2℃分、発育します。逆に8℃の日は後退するわけではなく、発育が止まるだけなので、超えた温度が多ければ多いほど、早く成長していくわけです。やがて成虫となり一定量のエネルギーが溜まると産卵し、世代交代が行われるのです。 成長が早くなると発育期間が短くなりますので、たとえばこれまで30日かけて成虫になっていた昆虫が20日間で育つようになり、世代交代の期間もどんどん短縮されてしまいます。よく農業で問題になっている害虫は、もともと世代交代の回数が多く、暖かい地方では1年間に10世代回る昆虫も珍しくありません。個体数は世代交代によって指数関数的に増えていくため、それまでに100匹が100倍の1万匹になっていたとして、最後の1世代が増えれば、1万匹が1万倍の1億匹となるように、非常に影響が大きいわけです。 地球温暖化により年間を通じて気温が上がっていることも要因ですが、冬の気温が上がっていることも大きな影響を与えています。昆虫にとっては、寒くてエサも少ない冬を越すことが大きな困難です。昆虫が越冬する発育段階はさまざまで、成虫で越冬する種もいれば、卵で越冬する種もいます。温帯では日照時間の変化によって世代交代するかどうかを判断する種が多く、たとえば成虫で越冬する種では、日が短くなっていく秋口、幼虫の最終段階に入ると、この先、産んだ卵が冬を迎える前に成虫になれるかどうかを考えます。難しいと判断して産卵を控える場合は、自らを太らせ、休眠して冬場を乗り越えようとするのです。冬場の気温が上がると、準備万端を整えた成虫が冬を越し、春先に世代交代して爆発的に増えてしまいます。 それに加え、冬の気温が上がったことで、もともと温暖な南部に生息していた南方系の昆虫が北へと分布域を拡大させる事態が起こってしまっているのです。