「役作りは一生懸命やらない」と江口のりこが語る理由とは 「愛に乱暴」公開記念対談 吉田修一×江口のりこ
「居心地の悪さ」がかっこよさに
吉田 自分でご覧になって面白く映ってるって、どういう感じですか。 江口 うーん、居心地悪そうにしてるってことですかね。安心感の中で演技している時、現場では思った通りの芝居をやったはずなのに、完成したものを見ると……自分にしか分からないかもしれないけど、なんかつまらない。自分が「これでいい」と思ってるのが分かってしまう。でも、怖くてしょうがないっていう緊張感の中でやってる自分を見るのは、面白いですね。 吉田 Netflixで配信されている「ウィ・アー・ザ・ワールド」のレコーディングの舞台裏を追ったドキュメンタリーを観ると、ボブ・ディランがものすごく居心地悪そうなんですよ。周りから完全に浮いてる。一人だけずっとキョロキョロして……でも、名だたる人気アーティストの中で、一番かっこよく映っている。居心地の悪さってそういう効果があるのかもしれませんね。創作の現場って楽しければいいっていうわけじゃないという。 江口 仲良くするのが目的で集まっているわけじゃないですからね。やっぱりいい作品ができるのが一番だし、それぞれが緊張感を持っていい仕事していると、自然と仲良くなる。仲良くなるのが先だと、居心地の良さを作るだけになっちゃうからもったいないですよ。
小説で描かれた桃子のユニークさ
吉田 『愛に乱暴』は新聞連載だったのですが、長編小説を連載すると、1年ぐらいの間、生活しながらずっと主人公が隣にいるんですよ。なんか行きたくなくても毎日会社に出勤するかのごとく、桃子に会いに行かなきゃいけない(笑)。江口さんのお話を聞いて、たしかに僕も桃子と仲良くなろうとは思ってなかったことに気が付きました。桃子と仲良くしようとしていたら全然違うタイプのお話になっていたと思います。 江口 映画は冒頭から不穏な雰囲気があって、桃子は真守が浮気しているのに気付いていて、真守も桃子が気付いていることに気付いているっていうところから始まりますが、小説は違うんですよ。夫の浮気を疑いながらも、気のせいだと思い込もうとしている。寝ている真守の腰に「夫」ってマジックで書いたりして……そういうところとか、すごく面白かったですね。桃子のユニークさは、小説でよりたっぷり堪能していただけると思います。 吉田 映画の桃子も魅力的でした。やっと手に入れた夫に捨てられてしまう役どころですが、かわいそうな感じは全然しない。しなやかな強さの方が目立っていますね。映画のラスト、破壊される家をバックにアイスクリームを食べるシーンが最高でした。 江口 ラストシーンは監督とかなりアイデアを出し合いました。あっけらかんとしていたかった。それで、アイス食べればそんな雰囲気が出るかな、となった気がします。