「役作りは一生懸命やらない」と江口のりこが語る理由とは 「愛に乱暴」公開記念対談 吉田修一×江口のりこ
「小説を読んだ時の思い出に浸っていてはダメだ」
江口 桃子がホテルで夫・真守(小泉孝太郎)の愛人(馬場ふみか)に引き合わされる場面じゃないですか。 吉田 そうそう、愛人の妊娠を告げられた後、伸ばした手を真守に振り払われて、桃子の腕がぶらぶら揺れ続ける場面。桃子って、シリアスな状況になればなるほど、おかしみが出てしまう人なんです。 江口 本当は面白い人なんですよね。今回の撮影は、監督をはじめ周りのスタッフさんは男性が多かったんです。撮影が進むにつれて、私自身が桃子の味方になってしまったせいか、“この男たちは、夫の愛人に子供ができて捨てられそうになっている桃子のことを「かわいそう」っていう目で見てる”って感じるようになってしまって……。私にとってはそうじゃないのですが、それを言ったところで「じゃあ、どうします?」と聞かれても困る(笑)。だから、どうにかこの脚本の中で面白く体を使えるところがないかをずっと考えていました。撮影の中盤ぐらいまで、いつも小説をカバンの中に入れて撮影の度に読み直し、原作がこうだからこの動きやってみようかな、とか考えながら。でも、ある時ハッと「それではダメだ!」と。いつまでも小説を読んだ時の思い出に浸っているんじゃなくて、それを捨てて映画としての「愛に乱暴」を作らなきゃいけないって強く思いました。それで焦っていた時――昨年8月の、とびきり暑かった日に、吉田さんが撮影現場にいらっしゃった。
「江口さんだけ、ちょっと家に合ってない」
吉田 もう暑かったですね。夕方前だったから少しは気温下がってたんですけど。それでも相当暑かった。小説は荻窪の辺りを想像して書いたのですが、撮影現場はもうちょっと人の匂いがする感じの場所でした。今回の映画がすごかったのは、物語の設定そのままの、実際に人が住んでいる家で撮影ができたことですよね。リアルな家を使って演技するっていうのはやっぱりいいものですか。 江口 いいですね、うそじゃないから。何十年と人が暮らしている家だから、お風呂場も洗面所も歳月を感じられる。匂いもするし。そういうのが、どうしたって他人の家っていう感じがしてすごくよかったです。 吉田 撮影を見学しながら気付いたのですが、江口さんだけ、あの家のサイズに合っていないんですよ。小泉孝太郎さんや義母役の風吹ジュンさんはなんか合っている感じがする。物理的にということではないのですが、江口さんだけ、ちょっと家に合っていない。そこが、この家の人じゃない雰囲気につながっていて面白かったです。だからこそ、家を壊そうとする行為に説得力が出たと思うんです。フレームの中からポーンと飛び出してくるような迫力があった。