南北の政権の内情を鋭く分析、ロシアの学者のアプローチが新鮮―A・V・トルクノフ『現代コリア、乱気流下の変容: 2008-2023』橋爪 大三郎による書評
トルクノフらロシアの学者が、朝鮮半島の最新の情勢を展望した。南北の政権の内情を鋭く分析、ワシントン、北京、モスクワ…と複雑に絡み合う力学を解明してみせた。 アメリカ、韓国、日本、中国でないロシアの学者のアプローチが新鮮だ。≪旧ソ連共産党文書公開≫に基づく独自の視点が光る。願望を交えがちな西側の見方を補正できる。 本書は北朝鮮の核開発を、金王朝三代の一貫した政策だとみる。金日成はキューバ危機をソ連の裏切りだとし、ソ連の核の傘でなく自前の核に舵を切った。金正日はポスト冷戦の荒海を核開発で乗り切ることに賭けた。金正恩は核開発を完成させ、米中ロの干渉をはねのけ自力で体制を維持できる力量をえた。アメリカは北朝鮮がすぐ崩壊すると楽観し、漫然と過ごして時機を失した。 トランプと金正恩の会談はなぜ失敗したか。北朝鮮は体制の保障をまずえようとした。アメリカはまず核を放棄させようとした。金正恩は怒って核開発に邁進した。元から孤立しているので制裁は効果なし。日本政府も本書をよく勉強するといい。 [書き手] 橋爪 大三郎 社会学者。 1948年生まれ。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。執筆活動を経て、1989年より東工大に勤務。現在、東京工業大学名誉教授。 著書に『仏教の言説戦略』(勁草書房)、『世界がわかる宗教社会学入門』(ちくま文庫)、『はじめての構造主義』(講談社現代新書)、『社会の不思議』(朝日出版社)など多数。近著に『裁判員の教科書』(ミネルヴァ書房)、『はじめての言語ゲーム』(講談社)がある。 [書籍情報]『現代コリア、乱気流下の変容: 2008-2023』 著者:A・V・トルクノフ,G・D・トロラヤ,I・V・ディヤチコフ / 翻訳:江口 満 / 出版社:作品社 / 発売日:2024年04月8日 / ISBN:4867930296 毎日新聞 2024年5月4日掲載
橋爪 大三郎
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