10分の「手術」と8時間待つ「飲み薬」 医会が経口中絶薬の導入に消極的な事情 #性のギモン
掻爬法であれば自由診療で10万円程度、手術は10分
厚生労働省が中絶の手法に関して、掻爬法ではなく吸引法を周知するようにと通達を出したのは2021年と最近だ。2012年の世界保健機関(WHO)の手引を引いて、掻爬法は「女性にとって相当程度より苦痛をもたらす」とした。 2012年の日本産婦人科医会の調査によれば、日本では妊娠初期(妊娠12週まで)の中絶手術のうち、掻爬法が3割、吸引法が2割、それらを併せたやり方が5割だった。 都内で長くクリニックを営むベテラン医師は、どちらの手術も短時間だと言う。 「掻爬であれば10分間、慣れた人なら5分間くらいです。中絶を主に手掛けるクリニックでは、1日5~6件、月に100件以上こなすところもあります」 中絶は自由診療。昨今は都市部で安い料金のクリニックも出てきているが、一般的には掻爬法で10万円程度、吸引法で12万~15万円程度が相場だ。
ただし、人工妊娠中絶の実施は、母体保護法14条で規定された「公益社団法人たる医師会の指定する医師(指定医師)」に限られる。主にこの指定医師たちが所属するのが、日本産婦人科医会、通称「医会」だ。1万1769人(今年3月末時点)の会員を擁する。 取材のなかで、医会は経口中絶薬の導入に「ずっと後ろ向きだった」との声を複数聞いた。 東京都内のベテラン指定医師は、文書を通じてこう回答した。 「もし薬剤代が数百円になった場合、『収入がなくなる』イメージです。日本では、相談やカウンセリングが無料と思われており、保険点数もつかないので、医師はこれを臨床でできません」 別の指定医師は、現在は経営方針として中絶は受けつけていない医療機関もあります、としたうえで、それでも薬が中心になったら医業への影響は大きいでしょうと話した。 「中絶は掻爬でも吸引でも、10分の手術で10万円前後、1日に5件行えば50万円になります。それが薬剤での対応になった場合、薬剤のお金と診察費用だけになってしまう」 不穏な動きも聞く。6月中旬、経口中絶薬を採り入れた産婦人科医から、悲鳴に似た声が上がった。 「保健所からうちの診療所の運用にチェックが入りました。誰か、同業の医師から『経口中絶薬で問題が起きていないか』という問い合わせが保健所に入ったとのこと。一つでも経口中絶薬によるミスを見つけようとしているように思えます」 このように医業の観点から、現場の指定医師には薬の導入に前向きになれない背景もある。では、指定医師の職能団体としての医会は、経口中絶薬にこれまでどんな視線を向けてきたのか。