ファレル・ウィリアムスが語るルイ・ヴィトン、ドレイクとのビーフ、アメリカ社会の今──GQ デザイナー・オブ・ザ・イヤー 2024
ルイ・ヴィトンのメンズ クリエイティブ・ディレクターとともに、ハリウッドからニューヨーク、そしてパリへ。ファッション、映画、音楽といった多方面での活躍により、ファレルは再びポップカルチャーの中心に躍り出た。 【写真を見る】イーライ・ラッセル・リネッツが撮り下ろしたファレルのスタイル七変化
ルイ・ヴィトンでのファレル・ウィリアムスの仕事ぶりが、メンズ クリエイティブ・ディレクター就任から20カ月を経てどうなっているのか気になっているという人には、以下が答えになるだろう。ベルナール・アルノー率いる3000億ドル規模のコングロマリット、LVMHの至宝であるこのメゾンは、パリのポンヌフ通り2番地にある彼のオフィス面積を3倍以上に拡大した。 ファレルは、前任者のヴァージル・アブローが使っていた控えめなスペースで仕事をするときもあるが、同社は近くの壁を何枚かぶち抜き、風通しよくデザインに溢れたエグゼクティブ・パワースイートを作り上げた。私たちの最初のインタビューは、新しい角部屋の真っさらなソファで行われた。セーヌ川を挟んで左岸とその向こうまで見渡せるところだった。「ここではあまり仕事をしません」とファレルは言う。「夢を見たり、熟考したりする場所です」。その近くには、光り輝く彼の新しいレコーディングスタジオがあった。 音楽スタジオといえば、ファレルの米版『GQ』12月号の表紙撮影はこのインタビューの2日後、パリから約9000km離れたハリウッドで行われた。午前7時から午後2時の間に行われた撮影が終わる頃には、ファレルは3つの異なる部屋にいるエンジニアたちに指示を出していた。 その翌週、彼と再会したのはニューヨークでだった。ファレルが自身の生い立ちをレゴで表現したアニメーション映画『Piece by Piece(原題)』のプロモーションを行い、ルイス・ハミルトンやアナ・ウィンターとともに来年のメットガラの共同ホストを務めることを発表したときだ。私はそこで、ロサンゼルスで複数のプロジェクトを同時進行していたわけを尋ねた。「3人のアーティストのために3つの異なる部屋を用意しました。それが自分の好きなやり方なんです。部屋から部屋へ移動するのが好きでね。ひとつの部屋に入ると、さっき出てきたもうひとつの部屋は思ったほどノっていなかったと気づかされたりしますから。部屋を行き来することで、ズームアウトすることができる。創作するときはズームインして、熱を帯びているかを判断するときはズームアウトするわけです」 せっかくレコーディングのためにパリからLAに飛んでも、『GQ』の表紙撮影、ルイ・ヴィトン、レゴの映画、そしておそらく私が知る由もない数多のプロジェクトに忙殺されているのではないか──。私が心配すると、彼は目をぱちくりして答えた。「私はそれが好きなんですよ」 以下は、この星で最も働き者のマルチタスカーであり、『GQ』のデザイナー・オブ・ザ・イヤーにも輝いた彼との、ルイ・ヴィトンにおける“ファレル時代”、そしてファレルにとっての“LV時代”としていつか必ず振り返られるであろう、その内幕についての会話を編集したものである。 ■“沈黙”のなかに見つけた謙虚さ ファレル 録音を開始したら教えてください。 ──始まっています。 “喜び”から始めましょう。喜びとは体験や感情であるだけでなく、芸術の形でもあります。それは、私が絵を描くときに使う色でもあります。 ──そこから始めるべき理由というのは? (録音の開始前に)2019年のインタビューのことを話していましたよね。私は自分のインタビューは読まないのですが、自分が感謝の念について語ったのは間違いないと思います。感謝の念が私をここまで導いてくれました。今感じている喜びは、その次のステップなのです。 ──前回は謙虚さについても話しましたね。 それが永遠の営みです。 ──様々にある感情のひとつに集中することで、そのたびに進化しながら生きるという考え方は面白いですね。今は喜びの探求と発見の段階なのですか。 喜びとは結果です。探求は謙虚さ、共感、感謝、騎士道精神のようなもの。自分の人生をひとつのあり方でばかり生きてきた後では── ──というのは? 野心的だが傲慢。ときには尊大に。 ──野放しのクソ野郎ではなくても、生意気だったと? そう。しかし今では謙虚さ、共感、感謝、騎士道精神といったものを優先させても、才能は才能のままだと学びました。才能は才能、素質は素質。それらを融合させれば喜びが生まれる。私のここでの仕事は巨大です。アパレル、フットウェア、バッグ、アクセサリー、トランク── ──ほかにも数知れず。 キャンペーン、ショー、ショーウィンドウ。これから発表しようとしているシューズやバッグのことを思うと──この会話を憶えていてください。とてもクレイジーですから。でも、ブランドが私の肩を叩いて、「おい、君はこのポジションにいるべきで、これが君のやるべきことだ」と言ってくれるまでは考えられなかったことです。この任命はここ(LV)だけでなく、私の人生に対する任命でもあります。私が遭遇するあらゆる局面において、私の仕事は喜びを生み出すことなんです。 ──あなたのように成功した人間が常に謙虚さと感謝の気持ちを口にすることを、人々はなかなか受け入れられないでしょう。常に腰を低くして。 そうですか。 ──皆、思うのは── 冗談言うな、ということ。 ──巨万の富を持つあいつにとっては簡単なことだろとか…… でもね、その正反対だってあり得たんですよ。 ──自分もかつてそうだったということでしょう? あなたは今とは正反対のことをしていたと。 最悪でした。最悪。恥ずかしいですよ。自分の仕事を真に理解したときといったら。100万枚売ったのは自分じゃない。自分が作ったのは1曲で、100万人がそれを気に入ってくれたのは、100人がそれを宣伝し、自分にとって完璧な条件が揃ったから。成功にはたくさんの構成要素があります。自分はその中のほんの一部なんですよ。 ──あなたにとっては恥ずかしいかもしれませんが、多くの人はあなたの派手な時代が好きでした。とても板に付いていて、革新的でしたからね。ルイ・ヴィトン時代のあなたは謙虚さや感謝の気持ちと矛盾することなく、派手さを取り戻しました。どうすれば両立できるのですか。 沈黙していること。信じられないかもしれませんが、それが違いです。 ──今、「沈黙」という言葉がありましたが、これはインタビューなのでもう少し話してもらえますか。 沈黙とは行為です。あくまで作品に語らせるというのは行為なんです。ほとんどの人がそれに気づかないという事実を受け入れること。逆にそれを見逃さず、自分のアイデアであったかのように振る舞おうという人たちが、自分の功績を横取りしようと大声を上げるのも受け入れること。本物の目利きたちが「いや、こっちの手柄だな」と言ってくれるまで、それを待つんです。でも、自分は黙っている。NIGO ®さんに教わったんですよ。彼は何も言いません。プシャ(・T)が言うように「If you know, you know(知っている者だけがわかる)」というわけです。 ──2年前、あなたはJoopiterというオンライン・オークション・プラットフォームの立ち上げに当たって、自身のアイコニックなカスタム・ジュエリーをすべて手放しました。あなたの“傲慢”時代のものと言っていいでしょう。それらのアイテムはあなたにとって重荷になっていたのでしょうか。 私は気づいていませんでした。自分が持っているものがどれだけ自分に重くのしかかっているか、人は決して気づかないものです。捨てて初めてわかるんですよ。背中の筋肉も、今は無理なく動きます。手放した途端に、とても自由になれるんです。この世に存在しなくなったわけではありません。まだどこかにあります。それらに何が起ころうと、なるようになるでしょう。 ──この場合、ドレイクが大量購入しましたが。 そうですね。 ──彼が購入者だと知ったのはいつでしたか。戸惑いはなかったのでしょうか? いえ、現在進行中のあれこれを超えて、すべての根底にあるのは、彼がひとりの音楽ファンであるということ。彼は音楽というものの歴史のファンであり、私はたまたまその一部であり、それらのジュエリーもその一部だということです。 ──では、彼が買ったと知っても「まあいいか」と思ったんですか。 ええ。 ──彼がそのジュエリーを溶かしてやったとか、「あいつのレガシーを俺の家から取り返してみろ」とか(ファレルの友人であるプシャ・Tに当てつけて)ラップしたとき、どう思いましたか。 何も。 ──何の感情も起きなかったと? ええ。 ──自身に重くのしかかっていた物品の数々をあなたが処分し、彼がそれを引き受けたとき、それらが彼にとって何を意味するのかを決めるのは彼自身だということでしょうか。 そうかもしれないし、そうでないかもしれない。私には理解できないこともあるのだということでしょう。ものを手放すとき、大変なのは実際に手放すことが持つ意味なんです。物理的なものというだけでなく、それが意味するもの、記憶との繋がりを手放すことなんです。文字通り、葬り去るんですよ。それが目的でした。人は何かを売却するとき、「これは私の子だから、大切にしてほしい」と言うかもしれません。でも私は「違う、これは私の子じゃない。だから手放すんだ」という感じなんです。 ■ルイ・ヴィトンは“家”のようなもの ──なるほど。ルイ・ヴィトンについて話しましょう。これまでの仕事で最高の日はいつでしたか。 毎日。 ──しまった、そう言うかもとは思ってました。 でしょう? でも、いいですか── ──いや、何か特別な日だってあったはずでしょう……。なぜかと言えば、その次の質問は「では、これまでで最も大変だった日は?」の予定だったんですよ。LV時代のあなたの活動がどんなものか、読者に少しでもニュアンスを感じてもらえたらと思っているんです。 でも、何が大変だと言うんです? 私は貧乏育ちなんですよ。大変なことなんてありません。 ──いや、私もこれまでで最悪な、ぞっとするほど受け入れがたい日とまでは言っていませんが。 いいですか、こちらを見てください。(セーヌ川に面したオフィスの窓へと歩いていく。)ほら。 ──ええと、セーヌが見えますね。 それから? ──ああ、川と私たちの間に野宿している人々がいます。 そう、私たちとはまったく違う経験をしている人々です。彼らがなぜそこにいるのか、どんな状況なのかはわかりません。私も貧しい家庭の出です。家族は公営住宅で暮らしていました。公営住宅がホームレスや路上生活者と同じだとは決して言えません。でも、人々の暮らしや資源の豊かさは相対的なものです。自分はどこにいてもおかしくなかった。私がLVのトランクに込めたアイデアを今頃、別の仕事をしているときに思いついていたかもしれない。わかりますか? ──この建物の外に、頭の中で次のルイ・ヴィトンのコレクションをデザインしている若者が大勢いるのは確かでしょう。 彼らはその機会を得ることができるかもしれないし、できないかもしれない。 ──まずできないですよ。 それが私の言いたいことです。だから、毎日が素晴らしくないなんてあり得ません。誰にとってもすべてが最高ではないことはわかっています。ただ、何にでも感謝の気持ちを持てば、何に対してもやる気を示せば、毎日が素晴らしくなるんです。 ──では、この20カ月の間に、感謝の気持ちとの繋がりが希薄になり、自分を失ってしまった瞬間の例を教えてください。苛立ちや行き詰まりを感じたりはしましたか? 大きなシステムの中で働いていますから、ときには自分がアイデアを出したり、反復したりするのと同じくらい素早く動いてほしいと思うことはあります。そしてときには厄介事も。それでも私は耳を傾けてくれるシステムに恵まれていますから、なぜそれが足枷になっているのか、どうすればもっと効率的になるのかを明確に説明できます。聞く耳を持った人たちによるシステムなんです。そういうわけで、忍耐が必要な場面もありますが、我々はちゃんと耐えていますよ。 ──長年、芸術的に完全に独立していたのに、企業で仕事をするようになったのはどんな感じですか。 ここはメゾンであって、たまたま企業によって経営されているというだけです。仕事ではありません。 ──というと? 私に上司はいませんからね。メゾン(家)なんですよ。そして、私はメンズ クリエイティブ・ディレクターとして招かれた。(ルイ・ヴィトンCEOの)ピエトロ(・ベッカーリ)のことは愛しているし、私を指名したのは彼だけど、彼は私の上司ではありません。 ──では、ベルナール・アルノーもあなたの上司ではないと? ええ、私がいるのは“家”の中ですから。もちろん、ここは彼の“家”です。給料はいい。でも、こうしろ、ああしろとは言われない。アーティスト・イン・レジデンスのようなものです。だから(会社での仕事とは)全然違う。もし誰かが私の上司になるんだと思っていたら、私はこの仕事を引き受けなかったでしょう。私は恵まれています。 ──では、ピエトロ・ベッカーリとの会話の内容について少し教えてください。おふたりが会うときは何を話すのですか。 彼がこの分野で最高の経営者のひとりである理由はいくつかあります。彼は戦略に長け、相手の力を引き出すサポーターであり、そして気骨がある。気骨のある人はその背骨を活かして、あなたの隣や後ろに立って支えることができます。そして、私たちには多くの共通点があります。ひとつは効率性。私がクリエイティブになれるように、私が反復し、アイデアを出し、やるべきことをやれるように、あれやこれやが必要だと彼に言うと、彼はそれを実現させてくれるんです。 ──ベルナール・アルノーとの関係はどうですか? 一緒にいるとき、会うとき、食事をするときはいつも、ビジネス状況についてお互いの哲学を分かち合っています。文化についてもね。彼はそこにとても理解が深いですよ。文化に精通していなければ、彼のような大物にはなれません。 ──なるほど、スプレッドシートとにらめっこしていてもLVMHなど作れないでしょう。 スプレッドシートを見つめている“だけ”ではね。彼はそれもやりますよ。彼の目は3Dです。ひとつの目はスプレッドシートを見ていて、もうひとつは文化動向を見ています。そしてそれらを融合させることで、彼は世界がどう動いているのか、どう動いていくのかを三次元的に理解しているのです。それと、私たちは予知的な会話もしています。 ──それはどういう意味でしょうか。 未来についての話です。我々がどこへ向かっているのかについて。彼のビジネスには、彼自身の心に非常に近い部分がいくつかあり、彼は私にそこに寄り添うよう求めてきました。モエとも面白いものをいくつか考えていますよ。(ゴールドのネックレスを引っ張って)ティファニーとはこれを一緒に作りました。 ──あなたはここ、LVの“レジデンス”にいるわけですが、それとは別の場所にもふらっと出入りしたりはしているのですか。 ええ。自分はどうしたい? この課題に寄り添えるか? あの課題に寄り添えるか? とね。私たちが取り組んでいる慈善活動もあります。彼らにとっては慈善事業。私は「什分の一(収入の10分の1を教会に納めていたキリスト教の慣習)」と呼んでいます。宇宙にお返しをすることなんです。