《ブラジル》平安貴族も食べた「芋粥」 実は粥ではなく高級デザート サンパウロ在住 毛利律子
風采は、「背が低い。それから寒むそうな赤鼻と、形ばかりの口髭で、眼尻が下つている。頬が、こけているから、顎が、人並はずれて細く見える。一々、数へ立てていれば際限はない。五位の外貌はそれ程、非凡に、だらしなく、出来上っていたのである」 この男が、いつ、どうして、「五位」の位に就き、基経に仕へるようになったのか、それは誰も知らない。すでに四十を越していて、同じような役目を、飽きもせずに、毎日、繰返している事だけは確である。その結果であろう。今では、誰が見ても、この男に若い時があつたとは思はれない。 「このような風采を具へた男」なので、周囲から受ける待遇は冷淡を極め、軽蔑され、鼻で笑われ、見下されていたが、当人は腹を立てた事がない。彼は、どんなにいたずらにも反応しないのである。何を云はれても、顔色さへ変えた事がない。悪さを繰り返すガキども(子供たち)から揶揄われ、悪態をつかれても、苦笑いするだけだった。 では、この話の主人公五位は、唯、軽蔑される為に生れて来た人間で、別に何の希望も持っていないかと云ふと、そうではない。五位は「芋粥」に、異常な執着がある。当時はこれが、無上の佳味として、公卿の食膳に上せられていた。
ということは、「五位の如き人間の口」へは、年に一度、臨時の時にしか食べられない。その時でも、食べられるのは少量である。そこで「芋粥を飽きる程食うてみたい」という事が、彼の唯一の願望になった。 我は、芋粥食うを見果てぬ夢にしたかったのに…勿論、彼は、それを誰にも話した事がない。しかし実際は、その夢の実現のために生きていた。――人間は、時として、充されるか充されないか、わからない欲望の為に、一生を捧げてしまう。それを愚かと笑うものは笑え。ある日、五位が夢想していた事が事実となる。 芥川は、「その始終を書くのが芋粥の話の目的なのである」、と断っている。 或年の正月二日宴会の席でのこと。 「大夫殿は、芋粥に飽き飽きした事がないそうだな」と、肩幅の広い、たくましい大男の藤原利仁から声を掛けられた。「お望みなら、私が嫌というほど食べさせようではないか」 五位は、それを聞くと、慌あわただしく答えた。「いや……忝けのうござる」
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