古代世界で「庶民の生活」が苦しかった意外な理由 発明をもらたす「インセンティブ」という視点
これはわたしたちが祖先に比べ、同じ時間でより多く稼げるようになったことを意味する。 ■知的エリートが推し進めたこと 農耕社会になると、知的エリートがアイデアを練ったり、モデルを築いたり、世界との新しい関わり方を考えたりする時間ができた。 古代メソポタミアでは、数学や地図や文書や帆船が飛躍的に進歩した。古代エジプトでは、美術や、文書や、建築に新境地が開かれた。マヤ文明では、天文学や記録管理が長足の進歩を遂げた。
古代ギリシャ人は科学、技術、文学、民主主義を発展させた。ローマでは、初期の社会保障制度すらあった。 98年から272年にかけ、孤児や貧しい家庭の子どもに食べ物を与えたり、教育の支援をしたりする「アリメンタ」という制度が実施されていたのだ。 ただし、この制度で救済されたのは、助けを必要とする人たちのごく一部だけだった。制度自体もアウレリアヌス帝の治世下で廃止された。 発明のエネルギーを何に注ぐかは社会によってさまざまだ。前2600年頃のギザの大ピラミッドの建設には、三角法とピタゴラスの定理の知識が活かされた。以後3800年にわたって、このピラミッドは世界で最も高い建物であり続けた。
しかしエジプト人は荷車を発明しなかった。代わりに頼ったのは人海戦術で、おびただしい数の労働者を使って、採石場から橇(そり)で石を運ばせた。 古代ローマの統治者は水道橋と美しいドームを建設させた。しかしローマで水車や風車が普及することはなかった。ヨーロッパ全土に水車小屋が広まったのは、ローマ帝国が滅びたあとだった。 なぜこれらの時代の優れた頭脳の持ち主たちは、労力を省く装置にあまり関心を向けなかったのだろうか。
この問いには経済学で答えることができる。人件費が安ければ、労働の効率性の向上に投資するインセンティブは強まらないからだ。 現代の例で見るなら、ヨーロッパの飲食店は、米国の飲食店よりも数十年早く、電子注文システムへの投資を始めた。 理由は単純だ。ヨーロッパでは接客係を雇うのに高い費用がかかったので、それだけ生産性を高めようとするインセンティブが強かったということだ。 同様に、古代のエジプトやローマのイノベーターたちが技術的課題に取り組んだのは、労働の大部分が奴隷によって担われている社会においてだった。