古代世界で「庶民の生活」が苦しかった意外な理由 発明をもらたす「インセンティブ」という視点
世の中に奴隷が余るほどいる状況では、奴隷階級の生産性を高めようという考えは支配階級の頭に浮かばなかった。 ■発明だけでは経済的な繁栄は実現しない 古代世界の奴隷制は倫理的に間違っていただけではなく、生産性向上のインセンティブを失わせるものでもあった。 似た問題は古代中国でも起こった。やはり労働者が無尽蔵にいたことから、新しい技術の活用を促すインセンティブが働かなかった。 当時の中国は、絹地の生産でも、銅や鋼鉄の技術でも、文字を書くための紙の利用でも、ヨーロッパのはるかに先を行っていた。方位磁針も前4世紀から前2世紀頃に中国で発明されたものだ。
しかしそれらの発明が経済を当然予想される方向へと変えることはなかった。古代中国では、貴族が支配層を占め、商人や商売は一般に卑しいものと見なされていた。 その結果、金属加工のイノベーションは、実用品ではなく、武器や美術品を中心とするものになった。 方位磁針の発明が中国を海洋大国に押し上げることはなかった。発明だけでは経済的な繁栄は実現しない。発明を生活の変化に結びつける適切な制度がそこには必要だ。
(翻訳:黒輪篤嗣)
アンドリュー・リー :オーストラリア国立大学経済学部元教授、オーストラリア代議院(下院)議員