25年目夫婦の行く道は孤独な運転に似ている。ベテランタクシー運転手さんの極意から思うこと【小島慶子エッセイ】
あのドライバーさんがいつ仕事をやめようと思ったのかわからないが、きっと熟年期に体がキツくなってきた頃じゃないだろうかと想像する。それって今の私たちぐらいのころかもなと夫婦の関係につい置き換える。出会ったばかりの他人と同じ道を行くのはなかなか大変なことだが、若い時は恋と性欲の勢いに任せてギアチェンジもクラッチの踏み込みも高速でこなすことができた。むしろその目まぐるしい変化が楽しくて、ぐんぐん加速して突っ走ったものだ。ちょうどそれが減速しかけたときに子育てという共同事業が始まり、夫婦の大事件を経つつ、目の回るような変化の連続が20年余りも続いた。中年になると、できればオートマで楽に運転したくなる。いつまで経ってもいちいち相手に合わせてギアチェンジをしなくちゃならないなんて……と不満も溜まる。で「このままじゃ疲れるばかりだし、もうやめようかな」なんてふと思うのだ。私と夫はそんな時期を経て「まあこのまま続けようか」と思い始めたところだが、嘘みたいに楽ちんなオートマ車両が人生にも用意されているんだろうか。
小島 慶子