日本製鉄のUSスチール買収計画は「いばらの道」:伊藤隆敏の格物致知
世界の粗鋼生産量で第4位の日本製鉄が24位のUSスチールを買収すると発表したのは1年前のことだ。買収価格は141億ドル(約2兆円)の大型買収になる。買収でオファーしている株価は、市場の株価に約4割のプレミアムが乗っている。日本製鉄がどうしてもUSスチールを買収したいという意欲が見える。アメリカ国内の保護主義の高まりで、2024年11月の大統領選挙で、たとえ民主党が勝っても、共和党が勝っても、日本からの輸出には高関税が課される可能性があるので、アメリカ国内に生産拠点をもって関税の影響を受けないようにする(関税ジャンピング)というのが、買収計画の目的だったように見える。トランプ第二期政権が誕生すると、より大きな関税引き上げが起きる可能性がある、ということは、わかっていたので、大統領選挙の前に買収を終えたいと考えていたのだろう。 しかし、買収計画は、暗礁に乗り上げる。第一の問題は、政治的な反発だ。大統領選挙運動期間中に、民主党のバイデン大統領も買収計画に反対を表明、共和党の候補者たちも、全員反対を表明した。11月の大統領選挙で圧勝したトランプ次期大統領は、日本製鉄によるUSスチールの買収を断固阻止する、と明言している。買収計画の発表のタイミングは悪かった、と言わざるをえない。 第二の問題は、労働組合による反対表明だ。日本製鉄は、労働組合を味方につけるべく買収後も雇用は守る(絶対に解雇しない)と公表しているが、買収する側の企業が、買収前から買収先の雇用を守ると約束するのは、日本では好意的に受け取られるかもしれないが、アメリカの感覚では、甘すぎる。全米鉄鋼労働組合は、労働組合のなかでも強固な力と競争力・耐久力をもつ。これと、例えば配置転換や賃上げ交渉で、対峙するためには、雇用者側は時として解雇をちらつかせなくては、交渉にならないだろう。 最近、ボーイング社は、2カ月近いストライキを経て、4年間で38%という大幅な賃金上昇で妥結した。アメリカの賃上げは、日本では想像もできないようなペースで進行している。日本製鉄は、たとえ労組の賛成を取り付けて買収したとしても、賃上げ要求とストライキに悩まされることになるのではないか。買収したアメリカの企業に乗り込んで、買収した会社のコーポレートガバナンスを利かせることができる人材がいなければ安易にアメリカ企業を買収すべきではない。東芝のウエスチングハウス買収は失敗例とされている。サントリーによるビーム社買収は今では成功例とされているが大変な苦労の末のことである(後者はハーバードビジネススクールのケースになっている)。