日本製鉄のUSスチール買収計画は「いばらの道」:伊藤隆敏の格物致知
退くのもいばらの道
経営陣に買収後の報酬を約束したり、労組に解雇はしない、という約束をしている、というのは心配だ。しかし退くのもいばらの道。報道によると、米規制当局の審査で買収が認められないと日本製鉄に5億6500万ドルの違約金負担が発生するのだという。米規制当局の行動について、日本製鉄がどれくらいの影響力を発揮して責任を取れるのだろうか。 ニューヨークには、日本企業による米企業買収の案件で、リーガル・チェックをしたり、アドバイスをしている法律事務所がいくつもある。何人かの話を聞く機会があった。日本企業から交渉担当で送り込まれてくる人が、東京のトップから、この会社をどうしても買収したい、という命を受けてくるのは、失敗の第一歩だという。不利な条件をどんどんのんでいくことになる。 買収後の会社の経営を、買収前の経営陣に任せることも多いのだが、ここで子会社となった経営陣に、効率化や成長の努力を怠らないように、きっちりガバナンスを利かせるのは至難の業だという。また、買収後に経営陣に退陣を求める場合には、巨額の退職金を支払うなどという条項が、いつのまにか契約書に入っていたりするのだという。また買収後に「ゴタゴタ」が生じたときにどうするかを曖昧にしたまま買収すると、買収後にまた再交渉や訴訟合戦が必要になったりする。日米間の買収の成功例と失敗例を集めたようなマニュアルはどこかに存在しないのだろうか。 伊藤隆敏◎コロンビア大学教授。一橋大学経済学部卒業、ハーバード大学経済学博士(Ph.D.取得)。1991年一橋大学教授、2002~14年東京大学教授。近著 に、『Managing Currency Risk』(共著、2019年度・第62回日経・経済図書文化賞受賞)、『The Japanese Economy』(2nd Edition、共著)。
伊藤 隆敏