経済対策で給付金・補助金のGDP浮揚効果は0.07%、全体で1.0%程度と概算:経済対策に6つの問題点
3.経済対策の問題点
■物価高対策に重複の問題 今回の経済対策には、大きく6つの問題点が挙げられる。第1が、物価高対策の重複という問題だ。低所得者に対して十分な給付金は、物価高で大きな打撃を受ける低所得層の生活を支える施策としては評価できる。 しかし、物価高対策として低所得者に対して十分な給付金を支給するのであれば、電気・ガス、及びガソリン補助金は必要ないのではないか。 国民民主党が主張する「103万円の壁」対策で、所得税の基礎控除などの引き上げが実施されれば、それも重複した政策となるだろう。 政策の目的を明確にし、その目的に沿って十分な政策を効率的に打ち出す姿勢を徹底すれば、こうした重複は生じないはずだ。精査が十分になされずに、安易に物価高対策が繰り返されている状況はまさに「バラマキ」であり、大いに問題だ。 ■繰り返されるエネルギー補助金に4つの問題 以降は、エネルギー補助金に関わる問題だ。第2の問題は、繰り返されるエネルギー補助金が財政負担を高めることだ。予備費からの支出も含め、ガソリン補助金の予算累計は7兆1,395億円、電気・ガス料金支援の予算累計は3兆9614億円、合計で11兆1,009億円に達した計算だ。さらに今回の総合経済対策に盛り込まれる予算を加えると、ガソリン補助金の予算累計は7兆7,344億円、電気・ガス料金支援の予算累計は4兆5,557億円、合計で12兆2,901億円まで膨らむと試算される。 このように膨らんだ財政負担は国債発行で賄われてきたが、その分将来世代の負担が増え、中長期の経済の潜在力を削いでしまう。 第3の問題は、生活に余裕のある富裕世帯にまで恩恵が及ぶことだ。財政環境が非常に厳しい中で、富裕層を支援する政策は妥当でないだろう。 そこで、物価高対策としてのエネルギー補助金には、所得制限を設けるべきだ。制度設計は複雑になるが、電気・ガス料金の補助を受ける世帯を、所得が一定程度を下回る低所得層に限ること、低所得者のみ、ガソリン購入額に対して一定額の還付を受けることなどが考えられる。 このような制度にすることで、エネルギー補助金制度は、低所得者層の生活を支えるという目的に沿ったより効率の高い制度となるだろう。 ■脱炭素政策に逆行 第4の問題は、価格メカニズムを通じた効率的な資源配分を歪めてしまうことだ。我々は、様々な価格という情報を踏まえて、効用が最大となるような各財・サービスの消費の組み合わせを常に選択している。またそれを踏まえて、各財・サービスの生産も調整されていき、経済全体として最適な資源配分に基づく生産活動が行われる。 しかし、政府の補助金はこうしたプロセスを歪める。それは、経済の非効率を高めてしまうのである。 例えば、生成AIの広がりによる電力需要の高まりは、将来に渡って電力価格を押し上げる可能性があるが、我々は、生成AIを利用する便利な生活を望むか、それともその利用を一定程度抑えることで、生活の負担となる電力料金の大幅上昇を回避するかという大きな選択をすることが求められる。電力料金への補助金は、そうした重要な国民の選択、判断を歪めてしまう恐れもあるだろう。 第5の問題は、第4の問題とも関わるが、ガソリン補助金によってガソリン価格の上昇を抑えることは、消費者にEV車への乗り換えなどを通じてガソリン消費を節約するといったインセンティブを削いでしまい、脱炭素政策に逆行してしまう。 発電が依然として化石燃料に大きく依存するものとでは、電気料金の補助金によって節電のインセンティブが削がれてしまうことも、脱炭素政策に逆行してしまう。 このように、政府の物価高対策、エネルギー補助金制度は多くの問題を抱えている。それを安易に繰り返すことは慎重であるべきだ。一方、エネルギー補助金制度の対象を低所得者層に限り、社会政策の性格を強めることで、これらの問題をかなりの程度緩和することができるはずだ。そうした制度設計の大きな見直しが求められる。 ■半導体・AI分野への公的支援にも課題 最後の第6の問題は、半導体・AI分野へ10兆円以上の公的支援策についてであり、特にその中のラピダスへの支援に関わるものだ。 政府はラピダスへの政府機関を通じた債務保証や出資を可能とする法案を関係省庁で準備し、2025年の通常国会へ提出を目指している。政府が一定期間、しっかりと支援を約束するもとで、民間は安心してラピダスへの融資や出資、関連する投資などを出すことができるだろう。しかしそうした安心感は、モラルハザードのリスクを高めることにもなる。 強い公的支援によって、ラピダスが、自らの力で成功を勝ち取るとの意欲が低下してしまう場合には、それは事業の失敗のリスクを高めてしまうのではないか。また、銀行や関係する企業からの監視の目も緩んでしまうだろう。 かつてのエルピーダの経験に照らしても、安直な支援は、むしろラピダスのビジネスが成功する可能性を低下させ、そうしたリスクを自ら手繰り寄せてしまう恐れがある。それは国民の負担を高めることになってしまう。このような点にも十分留意して、支援策を慎重に検討する必要があるだろう。 木内登英(野村総合研究所 エグゼクティブ・エコノミスト) --- この記事は、NRIウェブサイトの【木内登英のGlobal Economy & Policy Insight】(https://www.nri.com/jp/knowledge/blog)に掲載されたものです。
木内 登英