「動けなくなった自分が面白くて」脳出血で右半身不随、“左手のピアニスト”舘野泉の原動力
小泉八雲といえば『耳なし芳一』をはじめ怪談で知られる作家だが、『振袖火事』という物語はご存じだろうか。 【写真】フィンランドに訪ねてきた岸田今日子さんとのツーショット
『振袖火事』という物語
ある商家の娘がすれ違った美しい侍に一目惚れをする。その男が着ていた着物と同じ柄の振り袖を作って思いを募らせるが、思いが高じて振り袖を脱がなくなり、ついには病気になって死んでしまった。娘が埋葬された菩提寺の住職は、娘が着ていた立派な振り袖を古着屋に売ったものの、その着物に袖を通した娘たちは次々と死んでしまう。住職は呪われた振り袖として寺で燃やすことにすると、振り袖が舞い上がって江戸の町を燃やしてしまった─。 これは1657年に起こった「明暦の大火」を題材にしており、娘の情念の深さが大火の原因であったという怪談である。 この小泉八雲の怪談の世界をピアノで演奏して魅了するのが、「左手のピアニスト」と呼ばれるクラシック界のレジェンド、舘野泉だ。舘野の友人であったフィンランドの作曲家、ペール・ヘンリク・ノルドグレンが、脳出血で右手が使えなくなった舘野のために作曲したのが、『小泉八雲の「怪談」によるバラード2 作品127』(2004)だった。 2024年9月20日、旧東京音楽学校奏楽堂では、故・ノルドグレンの生誕80周年記念演奏会が開かれた。小泉八雲の怪談を女優の元田牧子さんが朗読後、舘野が『振袖火事』『衝立の女』『忠五郎の話』の怪談3部作を演奏する。打ちつけるようなフォルテッシモから始まり、娘の情念の揺らめきの音が会場を包み込む。左手だけで弾いているとは思えない迫力ある演奏を、観客は固唾をのんで聴き入り、演奏終了後には万雷の拍手が鳴り響いた。 今年は6月までに日本で30公演を行い、8月にフランス、ドイツ、フィンランド、9月にインド、ブータン、ネパールでの公演を敢行。11月には88歳を記念して3つのバースデーコンサートが控えている。 東京にあるファンクラブ(FC)は創立50年を過ぎ、札幌、仙台、南相馬、大阪、福岡のFCは創立されてから40年になる。そのほかデュッセルドルフ、マニラにも存在するなど、人気が衰えることはない。 「演奏への情熱は若いころと変わりません。来年もスケジュールはいっぱいですし、まだ引退はしませんよ」と舘野は柔和な笑顔で話す。