「年金だけでは余生はムリ」…そんなの誰もがわかっているのに年金改革が進まない理由
ちなみに、厚生労働省の2016年国民生活基礎調査「各種世帯の所得等の状況」によれば、全国の平均貯金額は1033万円です。2000万円以上の貯金がある世帯は、全体の15%程度でした。つまり、全世帯の85%の人は必要とされるだけの貯金がないということになります。アンカーとなる自分の預貯金の2倍もの金額が必要だと感じた人々は、不安になるわけです。 以上をふまえて今回の2000万円問題は、以前から続いている年金問題を根底に、偏った報道や与野党の攻防が行われ、人々は同調効果やアンカリングの心理的バイアスによって、必要以上に不安を感じたと整理できます。 ● 年金2000万円問題によって 必要な改革が停滞するおそれ ただし、経緯が何であれ今回の騒ぎは、今後行われるべき年金改革を妨げます。元々、膨張が続く現在の年金受給者への給付を減らさない限り、将来世代の年金が確保できないと言われています。 今回の騒動は給付と負担のアンバランスを解消する改革を進めようとした矢先の出来事でした。
この問題の影響により政府は、年金の仕組みに問題があると思われたくないため、「給付抑止」をタブーとして封印する可能性があります。同様に、報告書の重要ポイントである「自助努力」までもが無視される可能性があります。それどころか、これらの重要事項の議論をすることさえ難しくなってしまいました。 実は「2000万円の不足」以外にも、問題は多くあります。例えば、自助のために積み立てるお金がない人々の問題です。日本の納税者の6割は所得税率が最低限の5%、即ち課税対象所得が195万円以下です。こういった人をどう支援するかという問題があります。 ところが今回の騒動によって、高い所得を得ながら年金をもらい続ける高齢者への給付を停止する、といった本来必要な改革が停滞しかねません。現在の公的年金制度が「失敗」ではないと強弁するために、あるいはヒステリックなクレーム層をかわすために、重要な議論がストップしてしまうのです。 年金制度が順調でないことは、既に多くの人が知っています。年金だけで十分暮らせると考える楽観的な人は多くないはずです。自助努力が必要なことくらい、言われなくてもわかっているでしょう。そういった「普通の人々」は、報告書の内容にも違和感を覚えないはずです。
橋本之克