異国の店主と土地の味。/内モンゴル料理店『草原の料理 スヨリト』
各地のローカルな風を届けてくれる東京近郊の外国料理店の店主を、 料理家の土井光さんと巡るコラム。
土井光(以下、土井) スヨリトさんは、モンゴルといってもお相撲さんの出身者が多いことで知られているモンゴル人民共和国ではなくて、中国の内モンゴル自治区(以下、内モンゴル)のご出身なんですね。 土井さんからのコメント。「家族と食を大事にし、丁寧に楽しく過ごすすべを知っている人たちが多いことが、今回感じました。大きな塊肉を丸焼きにして捌き、命をいただくこと。これは何千年も前から人間が行ってきた家族や仲間との、何よりの喜びだと思います。」 スヨリト そうです。内モンゴルは標高1000m前後のモンゴル高原の南部にあって、見渡す限り草原が広がっています。人口の8割が漢民族ですが、少数民族であるワタシたちモンゴル民族が今も暮らしていて、中国に居住しているモンゴル民族のおよそ8割が集まっています。お米も育たない乾燥地帯なので、食生活を主に支えてくれているのは家畜の羊。串焼きにしたり、部位ごとに塊で焼いたり、内臓から血までも料理に使って余すことなくいただきます。一頭丸々焼いて一気に平らげることもしょっちゅう。そういうモンゴル民族のラム肉文化をそのまま伝えたくて、内モンゴルから輸入した炭火焼用の巨大な窯を厨房に組み込んだことが、このお店の最大の特徴かなと思います。
土井 ラム肉の香ばしい匂いが充満していて、厨房の臨場感がスゴい! 一頭丸焼きは現地ではどんな時に食べるんですか? やっぱりお祝いごとの日とか? スヨリト 家族や親戚たちと日常的に食べますよ。10kgくらいの比較的小さな個体は、お店では大体10人前として提案しているのですが、モンゴル民族は4人でペロリです。4人集まったら「今日は丸焼きだね」って自然と決まります。炭火焼のラム肉は、ツァイと呼ばれる塩味のミルクティーと一緒に朝ごはんとしても食べますよ。
土井 朝からはびっくりですが、塩分を効かせてしっかりマリネし、栄養を取っているのが分かります。独特の臭みは全然ないし、表面はカリカリで中はしっとり。この仕上がりは、焼き方に秘訣があるんですか? スヨリト 焼き方もそうですが、特に大事なのは下ごしらえ。野菜や卵を加えたマリネ液に数時間から一昼夜漬け込むことで、焼き上がりの食感をコントロールしているんです。野菜は、トマト、にんじん、セロリ、玉ねぎ、ピーマン、生姜、スイカの皮などいろいろ。しかも部位に合わせてマリネ液を変えて、それぞれの美味しさがより引き出されるように工夫します。1500年以上も放牧生活を続けるモンゴル民族が代々受け継いでいる、ラム肉調理の知恵ですね。