<諜報活動をわかっているか?>可決したセキュリティ・クリアランス制度に横たわる数々の盲点
米国で最も重視される外国との接触歴
また、頻繁に特定の国との往来をしていることは、すでに連絡員や工作員と接触している可能性が高く、「渡航歴」はパスポートで確認できる最も評価しやすい項目である。 せめて「渡航歴」ぐらいは、評価項目に入れるべきではないだろうか。また、米国のセキュリティ・クリアランスでは、最も重視されているのが外国との接触歴だ。SF86と呼ばれる申請書類にこの種の質問が多数見られる。 過去7年以内に申請者自身や配偶者や同居人などが外国人と接触したかどうか、接触した場合は外国人の名前とおおよその接触日付を記載しなければならない。また、接触した方法は、直接なのか書面なのか、電話や電子メール、チャットなどの電子的方法なのか。頻度は毎日、毎週、毎月、四半期ごと、毎年なのか。その外国人との関系はビジネス上、個人的、義務的またはその他なのか。さらに申請者自身あるいは配偶者や同居人などの海外活動や海外銀行口座や資産についての質問が15ページ以上に渡って記載しなければならない。 また、審査では、国籍、生年月日、出生地、現住所、雇用主および雇用主の住所、この外国人が外国政府、軍隊、安全保障、防衛産業または諜報機関に所属しているかが質問される。
適性評価を行う職員の信頼性
同じく第十二条第6項には適性評価調査は「職員」によって行われるとある。 「6 適性評価調査を行う内閣総理大臣又は行政機関の長は、適性評価調査を行うため必要な範囲内において、その職員に評価対象者若しくは評価対象者の知人その他の関係者に質問させ、若しくは評価対象者に対し資料の提出を求めさせ、又は公務所若しくは公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることができる。」 この条文を見て、工作員であれば誰しもがこの「職員」を送り込むことを考えるだろう。セキュリティ・クリアランスを行う側に立てれば何も恐れるものはないはずだ。セキュリティ・クリアランスを形だけのものにしかねない「職員」についての規則は、何も定められていないのだ。 機密情報の漏えいで思い出されるのがエドワード・スノーデン事件だろう。彼もまた米国のセキュリティ・クリアランスをパスしている。 彼は高卒だったが大卒と学歴を詐称し、コンサルティング大手のブーズ・アレン・ハミルトン社に入社。米国家安全保障局(NSA)に派遣され、2011年には最高機密にアクセスできる権限を認可されている。 オバマ政権下では、政府の機密情報アクセス許可の審査が遅滞するのを避けるため民間企業の効率性に期待して、セキュリティ・クリアランスの審査を外注することが奨励されていた。この時、身元調査を請け負ったのが政府のセキュリティ・クリアランスの45%を実施しているUSIS社であった。 スノーデン事件をきっかけにUSIS社の捜査が行われUSIS社のプロパー7人と連邦政府職員11人が虚偽の身元調査書類を作成したとして有罪判決を受けている。当時米国のセキュリティ・クリアランス制度を所掌していた米連邦政府人事管理局(OPM)の監察官パトリック・マクファーランド氏は、上院公聴会で一例として1600件もの身元調査書を偽造した女性職員がいたこと、この職員の身元調査書も偽造だったことを明らかにしている。 学歴詐称を見破れれば情報漏えい事件が回避できたかはさておくとして、セキュリティ・クリアランス制度の信頼性を担保するのは、審査する側の「職員」の質である。 戦後79年という長きに渡って日本に対する諜報活動が行われてきた結果、民間企業では研究開発部門といった直接的に機密情報を扱う部門だけでなく、財務部門や人事部門といった間接部門にも工作員、協力者は浸透している。こうした実態から考えると、政府の職員として工作員や協力者が活動していたとしても不思議ではない。「職員」の厳格な審査が求められる。