「障害を抱えた徳川家将軍」の資料に、直木賞候補作家・村木嵐が抱いた「違和感の正体」
『週刊現代』より、最新刊『まいまいつぶろ 御庭番耳目抄』(幻冬舎)が発売中の作家・村木嵐さんの著者インタビューをお届けします。 【写真】「佳子様のお相手」とウワサの「島津家の御曹司」が明かした本音 ---------- 村木嵐(むらき・らん)/'67年、京都府生まれ。京都大学法学部卒業。'95年より司馬遼太郎家の家事手伝いになり、後に夫人の福田みどり氏の個人秘書を務める。'10年『マルガリータ』で松本清張賞受賞。'23年『まいまいつぶろ』が直木賞候補に ----------
思いを残していた人物たちの物語を描いた
―前作『まいまいつぶろ』に続き、徳川家重の時代が描かれます。 10年ほど前に木曽三川の治水事業を描いた『頂上至極』を執筆した際、史料に書かれている家重に違和感を持ったことが原点です。障害を抱え言葉が不自由だった家重は、実は非常に聡明な人だったのではないか。 家重の言葉を理解して家重を助けた大岡忠光の存在も、ある史料では清廉潔白、別の史料では賄賂まみれの真っ黒な人間と、正反対に記載されているのが興味深く、調べるほど面白くなりました。10年以上前から、いつか家重の物語を書きたいと温めていたんです。 今作では『まいまいつぶろ』の執筆時に、本筋から脇道に逸れるけれどもっと書きたいと、思いを残していた人物たちの物語を掘り下げました。
普通の人間らしい部分を書きたかった
―家重の祖母や悪役の老中ら5人の視点から、5篇が収められています。 1人目は家重の祖母である浄円院です。家重を教えた儒学者の室鳩巣も深掘りしたかったし、浄円院と室は年齢も近く、家重への距離感が似ていると感じました。 家重の将軍就任を阻もうとした老中の松平乗邑は、彼の信念や生き方をもっと見つめたかった。頭脳明晰で志も立派な人物ですが、前作では書き足りず、彼に申し訳ない気持ちもありました。 家重の子の家治は次の将軍であり、家柄も頭も性格も良く、おとぎ話の主人公のイメージ。だからこそ、普通の人間らしい部分を書きたかった。 4人目は忠光の妻である志乃。賄賂と疑われるから贈り物を一切もらわない、忠光の家の苦労や葛藤をリアルに描きたいと感じていました。 ―5篇目は御庭番の万里の物語。今作の全章に登場し、タイトルが示す通り、主役といえます。 万里は前作でも今作でも、家重の幼少期からの悲しみや辛さを思い、隠密という立場から、黙って拳を握りしめていた人です。家重が将軍として仕事を成す様子だけではなく、人間としてどう生きていくかを陰から何も言わず見続けてきました。 万里は特に地位が高いわけではなく、普通の身分です。上からでも下からでもない目線で多くの人間を見つめ、陰から関わってきた万里だからこそ、見える景色があります。家重の口になった忠光と口になれなかった万里はある意味、対照的な存在でもあり、その万里の心情に迫りたかった。