燃え殻さんエッセイ 母に「恥ずかしくて…」と言わせてしまった僕の罪 「疲れた夜に寄り添う」日々の記憶と家族
父は無言のまま、涙を拭いている。管に繫(つな)がれた母の右手を、僕はそっとさすってみる。母の手が冷たい。機械音がずっと鳴っていて、見たことのない数字が、画面の中で増えたり減ったりしていた。僕は母の冷たい手を手繰るように握ってみた。すると母はゆっくり片方ずつ目を開ける。 「お母さん」僕は母に語りかける。 酸素マスクをした母は、ほんのすこし口元を開いたあと、僕の手を信じられないくらい強く握った。「しっかりしなさい」と言われた気がした。
術後、容態は安定し、春になると一時退院することまでできた。母は、医師も驚くほどの回復を見せたが、身体にはまだ癌は残ったままだった。しかし高齢でもあり、その進行は遅い。放射線治療や外科手術を何度かしながら、自宅療養が現在もつづいている。 母は、僕がナビゲーターを務めるラジオ番組を、欠かさず聴いてくれていた。必ず感想もメールで送ってくれる。あるとき感想をメールではなく、電話で伝えてきたことがあった。それは『BE:FIRST』のLEOくんがゲストの回だった。「あの子はいい子ね。お母さんわかるの」と、まるで親戚の子か孫でも愛しむかのように熱く語っていた。しばらくして、LEOくんがライブに僕を誘ってくれたとき、たまたま母の話をしたところ、「もしお母さまの体調がよろしければ、ライブに来てください」と母の分まで席を取ってくれた。母にとって人生初のライブ体験。それが『BE:FIRST』のライブになった。
■「すごいね、すごいね」 当日、関係者席に座った僕の横で、母はバッグの中からプラスチックの弁当箱を取り出す。中には大根を蜂蜜漬けにしたものが入っていた。母が蓋を開けると、関係者席にぷ~んと漬物のような匂いが漂う。割り箸で、漬けられた大根をもぐもぐと食べだす母。 「それはなに?」と母に問うと、「咳が出たらLEOくんに失礼だから……」と言う。「音が大きいから、そんなこと心配しなくても大丈夫だよ」。僕は呆(あき)れながら説得するが、「周りの方々にも失礼だから……」と、すでに十分失礼な匂いをプンプン振り撒きながら、母は蜂蜜漬けされた大根を食べつづけた。