ウクライナ軍、まさかの対ロシア「逆侵攻」でいったい何が起きている? 戦争を新局面に移行させた2年ぶりの"奇襲成功"を緊急分析!
■支配地域を南東へ拡大するのが理想的 とはいえ、奇襲であるからにはウ軍にも失敗のリスクはあった。また、ここに精鋭部隊と多くの装備や砲弾を投入したということは、東部戦線ではその分、ウ軍の陣容も厳しくなっていることは間違いない。それでもこのイチかバチかの「逆侵攻」に踏み切った目的はなんなのか? ひとつ目はよくいわれるように、ロシアとの交渉材料、あるいはプーチン政権への圧力という政治的目的だ。 「ウクライナはこれまで、露軍が占領しているウクライナ領土を返還させるための交渉カードを一切持っていませんでした。しかし、今回侵攻したクルスクは原発、天然ガス計測施設、鉄道主要駅を有する戦略的に重要な地域です。 さらに言えば、今回の作戦によって、クルスクは第2次世界大戦後初めて他国に侵略されたロシア領土ということになりました。プーチン大統領が『特別軍事作戦』と呼び続けているこの戦争の現状を、露国民に知らしめるインパクトもあるでしょう。 また、プーチン政権はこの侵攻への対応についても『対テロ作戦』という建前を今のところ貫いています。しかし実際のところ、侵攻してきたウ軍を撃退するためには、露軍はウクライナ東部や南部の戦線から優秀な機甲部隊を引き剥がし、クルスク戦線に転進させる必要がある。そうなると当然、ウクライナ国内では露軍の戦力が薄くなるという副次効果が生まれます」 ふたつ目は、占領地域を新たな〝バッファーゾーン(緩衝地帯)〟として利用することだと二見氏は言う。 ウ軍は15日、クルスク州の支配地域に「軍司令部事務室」を設置したと発表。さらに18日までに、クルスク州西部のセイム川にかかる3本の橋をすべて破壊した。 「橋の破壊により、露軍は補給路と退路を断たれつつある。この包囲戦が成功し、露軍を完全に排除できれば、セイム川はウ軍の防御線に使える自然障害となります。軍司令部を置くというのも『退がらない』という意思表示ですから、ウ軍は中長期的に駐留を続けるつもりでしょう。 理想を言えば、ウ軍はここから南東のベルゴロド州方面へ戦線を拡大し、占領地域を国境に沿って広げたいところでしょう。 これがバッファーゾーンになれば、ベルゴロド州と国境を接するウクライナ北東部ハルキウ州などで、これまでは地理的な制約からできなかった縦深防御(距離を取って敵の進軍を遅らせる戦術)を行なうことが可能になるからです。 また、ハルキウ州北部に進撃している露軍の背後をベルゴロド州側から叩ければ、ウクライナ国内の戦況にも大きな変化を与えることができます。そうなれば、露軍はいよいよ優秀な部隊をクルスク・ベルゴロド戦線に転進させざるをえなくなる。ウ軍から見れば東部戦線の状況が改善し、各地で勝ちを拾える可能性が出てきます」