ウクライナ軍、まさかの対ロシア「逆侵攻」でいったい何が起きている? 戦争を新局面に移行させた2年ぶりの"奇襲成功"を緊急分析!
■米大統領選での両陣営の方針にも影響? 一方、国際政治アナリストの菅原出氏は、ウ軍のクルスク奇襲は「対米欧諸国」の観点からも大きな意味があったと指摘する。 「ここ最近、国際社会では『ウクライナは勝てない』という見方が広がっていました。また、ロシア領土に攻め込んだらプーチンが核を使うかもしれないという理由で、米欧諸国は供与した武器の使用方法にも制限をかけてきました。 そこでウクライナは今回、アメリカなどに相談することなく、独自の判断で大きなリスクを取り、奇襲攻撃に踏み切って見事、成功させたわけです。ロシアはこの程度では核を使えないし、自分たちは支援に値する戦いができるんだということを強くアピールできたといえます」 このアピールは、最大の支援国であるアメリカの大統領選挙を巡る共和党・民主党の動きにも影響すると菅原氏は指摘する。 「この勢いを駆って、大統領選で支持を伸ばしている民主党のハリス陣営は、ウクライナ支援の継続をきっちり打ち出そうとしています。逆に、これまでウクライナ支援に非常に冷淡だった共和党副大統領候補のヴァンスも、この状況では『ウクライナが勝利するとは信じられない』などとは当面言えなくなるでしょう。 また、ロシア側の動揺についても注目すべきです。侵攻を受けた当初は『大した問題ではない』とトーンダウンしようとする狙いが明らかに見てとれましたが、クルスク州での占領状態が長期化すればするほど、プーチンの戦争指導に対する批判があちこちから出てくるでしょう。 ゼレンスキー大統領の最側近のひとり、ポドリャク大統領府顧問は『ロシアは戦術的に大きな敗北をしないと、停戦交渉のテーブルには近づかない』と指摘していましたが、この『逆侵攻』への対応が、『大きな敗北』の端緒となりえるかもしれません。 ウクライナからすると、当面はなるべく支配地域を確保し続けることが狙いになりますが、仮にこのバッファーゾーンを露軍に奪還されても、ゼレンスキー政権にはさほどのダメージはありません。すでに政治的なインパクトは与えたわけですから、何かしら理屈をつけて、戦略的に撤退すればいいのです」 そうなると、ウ軍にとって目下最大のリスクは、今後さらに支配地域を広げようと戦線を拡大したときなどに、占領地域の防衛線に緩みが出たり、露軍が奪還のために大規模攻勢をかけてきたりして、戦略的な撤退もしきれず、精鋭部隊を含む貴重な戦力を失うというシナリオだろう。 こうした事態を防ぐべく、ウクライナはイギリスとフランスに対し、供与されている航空機発射型巡航ミサイル「ストーム・シャドー」をロシア領内で使用する許可を求めている。遠隔地から露軍の航空戦力や補給拠点を叩ければ、占領地域の安全性が向上するからだ。 前出の二見氏は、今後の注目点をこう語る。 「軍がひとつの作戦で機敏に動き続けられるのは、だいだい1ヵ月くらいまでです。それ以上になると、防勢態勢への移行準備、部隊交代などの動きが出てくるでしょう。つまり、まずは9月初旬から中旬頃までに、ウ軍が何をどこまでやろうとしているのかが見えてくるのではないかと思います」 ウクライナは値千金の戦果を今後どう広げ、どう使っていくのか。 取材・文/小峯隆生 写真/時事通信社