中国に束縛されるVW クルマ産業の未来勢力図から日本は消えない
日本は中国に飲み込まれるのか?
中国の台頭で日本の自動車メーカーは家電メーカーのように滅びるのか? これもそうはなりそうにない。 現在中国では原則的に中国で生産したクルマしか売ることが出来ない。つまり自動車の自由化はされていない。輸入が出来ないということは輸出もできない。もちろん非自動車生産国との2国間協定は締結できるだろうが、欧州連合(EU)やアメリカ、日本のような自動車生産国が相手だとそうはいかない。貿易は相互が基本である。しかもGDP世界第2位の国が自国産業保護のための関税を設けるのは簡単ではない。つまり中国が自動車生産国と自動車貿易をやるのであれば、相互に自由化という答えしかない。 では自由化した時にどうなるか? 各地域の新車販売台数を見るとEUは約1600万台、アメリカは約1700万台、日本は約500万台である。対する中国は約3000万台だ。各エリアの対中輸出入でそれぞれ相互に10%のシェアを取り合った時、どうなるか。EUは160万台と引き替えに300万台を、アメリカは170万台と引き替えに300万台を、日本は50万台と引き替えに300万台を手に入れることになる。 しかも中国が輸入するクルマはおそらく、同じブランドが中国の合弁会社で生産したモデルと置き換わる。トヨタを例にとれば、「天津一汽トヨタ」で生産されていた台数の一部が日本国内の工場から輸出されることになる。同じ事は対EUでも対アメリカでも起きるだろう。 それでは中国はボロ負けになる。特に全部ぶん取っても500万台しかない日本のマーケットは、リスクと期待利益が著しく合わない。少なくとも日本マーケットへの本格進出は馬鹿馬鹿しくてやる気にならないはずだ。 おそらくこれから先、中国はアメリカ型のマーケットになって行くだろう。アメリカは自動車に関する限り、徹底的な内需型マーケットであり、ビッグ3はアメリカ以外で売れるようなクルマは歴史的に作れた試しがほとんどないし、現在でも乗用車のベストセラーがピックアップトラックと言う特殊な国だ。 アメリカでしか売れないクルマをアメリカで作ってアメリカで売る。もちろんアメリカマーケットでも、カムリやアコードなどのいわゆるグローバルカーもそれなりには売れるが、米国の立場で見るとこれらのクルマでは海外メーカーにすっかりシェアを奪われている。しかし、貿易不均衡を政治問題化することで世界中のメーカーに北米エリアに生産工場を建設させ、ちゃっかり他国のブランドを自国経済に取り入れていたりする。 もし、中国の政治体制が変わらず、このまま進めば、アメリカのドメスティックマーケットに続いて、中国ドメスティックマーケットができあがり、他国の人が首をかしげるような独自進化したクルマが売れるマーケットになるだろう。 トヨタ自動車の豊田章男社長は「100年に一度の大変革」と言う。それは嘘ではないが、少なくとも日本の自動車メーカーが滅亡の危機に瀕しているということではない。現時点ではむしろ良い位置に付けているが、それを保って行くには不断の努力が必要だと言う話なのだ。自動車産業の未来勢力図から日本のメーカーが消える可能性は極めて低い。 --------------------------------------- ■池田直渡(いけだ・なおと) 1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。自動車専門誌、カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパンなどを担当。2006年に退社後、ビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。現在は編集プロダクション「グラニテ」を設立し、自動車メーカーの戦略やマーケット構造の他、メカニズムや技術史についての記事を執筆。著書に『スピリット・オブ・ロードスター 広島で生まれたライトウェイトスポーツ』(プレジデント社)がある