諸富 徹 納税は「義務」ではなく「権利」?【著者に聞く】
――本書執筆の経緯を教えてください。 これまで税についての書籍を何冊か出してきましたが、本書はそのエッセンスを、とくに高校生など若い世代に読んでもらいたいと考えました。税がどのようにして生まれ、発展してきたのかを歴史や思想の面から解説したほか、第1章では「私たちはなぜ税金を納めるのか」、第5章では「税金を私たちの手に取り戻す」という論点を取り上げています。この二つの章は類書にない特徴になっているのではないかと思います。 ――憲法で「義務」と定められている納税を、「権利」と考えるべきだと問題提起しているのが印象的です。 日本では、税というと「お上=政府」が市民に対して一方的に負担を課すものと受け取る人が多いですね。江戸時代の年貢のように、有無をいわさず取り立てる「苛斂誅求(かれんちゅうきゅう)」のイメージです。 でも、本来は税を負担する市民が「主」、政府が「従」で、市民は政府が自分たちの意図したとおりに行動するのかを監視するものなのです。税の使途が市民のためにならないなら改善を求める。場合によっては政府を取り替える権利(革命権)も持っています。 なお、これは拙著『私たちはなぜ税金を納めるのか』の書評で大竹文雄さんが書いていることですが、憲法で納税を国民の義務と定めているのは、日本以外では中国、韓国、ロシアぐらいだそうです。アメリカやフランス、スイスなどでは、課税は政府の権利とされていますから、税のとらえ方がまったく違うのですね。 もちろん、納税が義務ではない国でも、脱税には厳しい目が向けられます。アメリカのトランプ前大統領一族が経営する企業の巨額脱税事件に、厳しい罰金刑が科されたのはその一例です。 ――世界各国が直面する、税負担の不平等化や多国籍企業の租税回避といった課題も詳しく解説しています。 タックス・ヘイブン(租税回避地)という言葉が広く知られるようになりました。多国籍企業や富裕層ほど、法人税や所得税などを非常に低く抑えた優遇地域に拠点や資産を移すことができます。一方、課税する政府は国境を越えることができません。その結果、中低所得層の税負担が増えてしまいましたし、法人税率の引き下げ競争を繰り広げた結果、各国とも税収減で苦しむことになりました。そこで、日本を含む138ヵ国・地域が、巨大IT企業などの税逃れを防ぐ「デジタル課税」の多国間条約案をまとめ、2025年の発効をめざしています。 ただ、今年6月末までに各国が署名する予定でしたが、民主・共和両党の勢力が伯仲するアメリカ上院では3分の2の賛成が得られる見込みが立っていません。とはいえ、法人税率が12・5%だったアイルランドなどの抵抗を押し切って、グローバル最低税率15%で合意に至ったという事実は重いもので、税制の歴史のなかでも一つの画期といえます。 ――税によって公共サービスが支えられていると頭では理解できても、なるべく納めたくない、政府・自治体があまり信用できないという感情がどうしても残ります。 日本では、「税を払っているのに利益を得られない」という思いを持つ人が多いですから、ニーズにあった財政支出のあり方をさぐる必要があります。スウェーデンなど北欧諸国では消費税率は約25%と高率ですが、大学まで教育費は無料ですし、医療も無償化されていて、納税者の利益がとても大きい。 また、税金を何に使っているのか、政府は納税者に対して情報の透明性を高めることが重要です。北欧諸国は使途を決めるプロセスを含めてオンラインで国民誰もがアクセスできるようにして、できる限り可視化しようという努力を早くから重ねてきました。それによって政府は国民の信頼を勝ち取っています。 そして、使途を決めるプロセスが国民から遠いほど、税を取られているという感覚が強まります。最初にお話しした納税の「権利」という考え方は、こうした点からも重要なのです。 (『中央公論』2024年8月号より) 諸富 徹〔もろとみとおる〕 1968年大阪府生まれ。京都大学大学院経済学研究科教授。京都大学大学院経済学研究科博士後期課程修了。博士(経済学)。専門は環境経済学、財政学、地方財政論。著書に『環境税の理論と実際』『地域再生の新戦略』『私たちはなぜ税金を納めるのか』『人口減少時代の都市』『グローバル・タックス』など。