フランスで始まったエルメスの香水への愛。
フランス人のホントのところ ~パリの片隅日記~
パリと日本を行き来するブロガー、シロが、日々の暮らしから垣間見えるフランス人の意外な一面を紹介。
私はこれまで、服も鞄もハイブランドに心惹かれたことがない。だから学生時代に友人が何十万円もする鞄を一生懸命買ったりするのがどうしてなのかよくわからなかった。服も鞄も、自分の好きなかたちや色をしていること、それ以上に大切なことなんて何もないと思っていた。 そんなハイブランドに無縁の人生を送ってきた私だが、ひとつだけ「高価であること」が重要だと思うものがある。 香水だ。香水だけは、「安いけどいいもの」「お値段以上のもの」なんてこの世に存在しないと思っている。香料の値段がそのまま影響するからだ。
それで、私はいったい香水の何が好きなのかという話だが、なにも毎日香水をつけて出かけるのが好きなわけではない。強いていうなら「買い集める」のが好きで、飾り棚に置いて眺めていると幸せを感じるのだが、それよりも買う前の段階で「情報を集め、想像し、直接嗅ぎ、最高の香りを見つけた後、何週間も欲しくて欲しくて身もだえする」時間がなによりも好きなのだ。 私にこの喜びを教えてくれたのは調香師である友人だった。それまでの私には「実店舗に足を運ぶ」という段階がなかったが、友人と一緒にそれはそれはたくさんの店に「嗅ぎに」出かけた。とにかく友人は店に入るとずっと話しながら、いろんな香りを嗅がせてもらう。そうしているうちに、いつのまにかとんでもない量の試供品をもらっていることがあった。 日本では「購入するとひとつもらう」ことが多い試供品だが、フランスでは心配になるほど大量の試供品をもらえたりする。ブランドにもよるが、一度あるお店で、「すごく好きな匂いがあったんだけど名前がわからない」と相談したら「じゃあこれ持って帰っていいよ! わかったらまた来て!」と紙袋いっぱいの試供品をもらったことがある。 また、パレ・ロワイヤルにあるあの美しいセルジュ・ルタンスでは、小麦の香りのする香水を買おうか思案していたところ、店員に「ちょっと散歩してきた方がいい」と言われ、香水を少し腕に振ってもらった。そこで私たちは腕から小麦のにおいを漂わせながら、パレ・ロワイヤルの庭園を歩き、噴水を眺め、とめどなく話し、やはりこれは買うべきだねと店に戻った。そして標本のようにデザインされた世にも美しい試供品をいただいた。 とにかく、この「ただ嗅ぐ日々」がなければ、私がエルメス本店に足を踏み入れることなどまずなかっただろう。これは私が感じるだけなのだが、たとえ調香師が違っていたとしても、シャネルにはシャネルの、フレデリック・マルにはフレデリック・マルの、ブランドにはそれぞれ根底に流れる共通の幹のような香りがあると思う。それが合えば、そのブランドではたくさんの"人生香水"に出合うことができる。