AIと人間が「値付けバトル」 ドンキ、驚安価格の激しい舞台裏
35期連続増収・増益という猛烈な勢いで成長を続ける総合ディスカウント店「ドン・キホーテ」。運営会社のパン・パシフィック・インターナショナルホールディングス(PPIH)の売上高は2024年に初めて2兆円を突破し、今や日本の小売業界では第4位の巨大企業だ。そんなドンキの素顔に、日経ビジネス・ロンドン支局長の酒井大輔氏が迫った『進撃のドンキ 知られざる巨大企業の深淵なる経営』から一部抜粋してお届けする。今回は“驚安”がウリのドンキが行っている価格設定の舞台裏。その知られざる店員と人工知能(AI)との「値付けバトル」の実態を紹介する。 【関連画像】『進撃のドンキ 知られざる巨大企業の深淵なる経営』(日経BP)。ドン・キホーテの怒涛の35期連続増収増益を支えるのは、小売業界の王道「チェーンストア理論」に反旗を翻す、逆張り戦略。アルバイト店員に商品の仕入れから値付け、陳列まで“丸投げ”。現場が好き勝手やっているのに、しっかりと利益が上がるのはなぜか? 知られざる巨大企業の強さの源泉に迫る1冊 ユニークな買い場をつくるために、ドンキではテクノロジーの活用においても、あえてアナログ感を残している。その一例が「価格ミル」というシステムだ。 天候や競合店の値付け、前年の販売実績などを基に、人工知能(AI)が推奨価格をはじき出すのだが、その運用方法が変わっている。店員はAIの指示に従う必要はなく、自らの「勘と経験と度胸(KKD)」を信じて値付けしていいのだという。価格ミルが示す価格は参考値にすぎない。便利だと感じたら、使ってもらえればいいと割り切っている。 価格ミルを搭載したスマホ端末は23年6月期中に、ドンキ全店に行きわたり、機動的に売価を変更できるようになった。端末にはAIの推奨価格が表示され、例えば目の前にある商品が378円だったとしてAIが398円を提示した場合、どちらを採用するかは担当者の腕の見せどころである。398円に値上げして売ろうと判断するか、いやいや、ここは378円だと初志貫徹するかは担当者の裁量だ。 ここでも貫かれているのは、最終的な決定権は現場にある、という哲学である。実際、AIが提案する推奨価格を採用したのは平均で50%程度。つまり、2人に1人はAIではなく、自らが培ってきたKKD(勘・経験・度胸)を信頼している。 「僕らはこれをポジティブに捉えているんですよ。AIに従わないのは、全然ネガティブなことではなく、自分たちがこうしたいという思いを現場で表現できるというのが、何よりも重要ですから」(PPIH上席執行役員CIOの軽部哲也氏) AIかKKDか。より粗利を稼いだほうに軍配が上がり、どちらが“正解”だったかをAIにフィードバックする。単純な機械学習ではなく、「値付けバトル」を通じて生身の人間の勘や経験知をもAIに学ばせることで、推奨価格の精度をアップさせていく狙いがある。 値付けバトルを繰り返すうちに見えてきたのが、必ずしも安くすればいいというわけではないということだ。粗利という面でいえば、1円でも高く売ったほうがいい。ディスカウントストア業界に長く身を置いていると、基本的に値段は下げるものだと考えがちだが、値段を多少上げても売れるものは売れる、ということが数字の上でも示された。 こうしたデータの蓄積が、オリジナル商品を開発する際の値付けにも生きている。こんな商品をつくれば、これぐらいの値段でも売れるだろうと、商品開発者が自信をもって世の中に送り出せるようになったという。