AIと人間が「値付けバトル」 ドンキ、驚安価格の激しい舞台裏
単品データも売価と連動へ
将来的に価格ミルと連動させたいとにらむのは、単品管理のデータである。取扱商品数が膨大なだけにまだ道半ばだが、どの店にどの商品が何個あるのかをAIによる売価提案に反映させる試みだ。実現すれば、季節商品を効率的に売りさばく道が開ける。 例えば、夏が近づくと浮き輪が飛ぶように売れるが、旧盆を過ぎると売れ行きが急速に鈍ってくる。急いで処分しなければと考えると1000円の浮き輪を500円で販売してしまいたいところだが、在庫が1個しかなければ別に売り急ぐ必要はない。1000円のままでも買ってくれる人が1人現れればいいのだから。 このように、例年の販売状況と照らし合わせながら、在庫が何個までなら最大売価でも売り切れるはず、といった予測まで、価格ミルに担わせたいと考える。目指すのは、在庫と売価の相関関係を可視化することだ。 このシステムを今まさに実験中の電子棚札と連係させれば、在庫状況も踏まえて、ベストだと思う価格を瞬時に店頭で表示できるようになる。売価を変えるために店中の値札を貼り替えるという労務から解放されるのだ。 電子棚札とは価格表示をリアルタイムに変更できるデジタル値札のこと。手書きの値札のイメージが強いドンキだが、実は電子棚札を少しずつ増やしており、値付けの精度向上と同時に、それを瞬時に反映させることで利益を少しでも増やすことをもくろんでいる。 面白い買い場をつくるため、あえて非効率な部分を残しながらも、最先端のテクノロジーへの投資も惜しまない。重視しているのは、現場との対話だ。 「本部の考えていることと、現場の考えていることにずれがあると、絶対にうまくいかない。一番分かりやすいのは、給料を上げるには生産性を上げるしかないと握ること。生産性とは1人当たりの稼ぐ粗利額を増やすことなんだよ、という共通認識を持つ。原価が上がり、販管費が増えていく前提の世の中で僕らが戦っていくためには、DX(デジタルトランスフォーメーション)は避けられない。僕が一番やりたいことです」と軽部氏は語る。 小売企業として大きくなればなるほど、本部が強くなり、金太郎飴のように個性のない店が増えていくものだが、その流れにドンキは断固抗う。一方で、統率が取れないまま店舗数ばかりが増えていけば、稼ぐ力が弱まり、赤字を垂れ流すことにもなりかねない。 企業として大きくなるのは悪いことばかりではない。バイイングパワーも増せば、膨大な顧客データを生かして驚安の精度を上げ、買い場の魅力を高めることも可能になる。店の個性とそこで働く人々の主体性を尊重しながら、本部が現場をサポートできるのであれば、最強の小売りチェーンが生まれるかもしれない。価格ミルは、そんなチャレンジの一つと位置付けることもできる。 主権在現(主権は現場にある)というドンキらしさを残しながら、大手の一角まで上り詰めた企業として、いかに経営効率を高めていくか。持ち前のアミューズメント精神を生かし、この難題を乗り越えようとしている。
酒井 大輔