「自粛要請」から「過料」は本当に効果があるのか、行動経済学者に聞く
主に国民への「自粛要請」で感染拡大防止を図ってきた、日本の新型コロナウイルス対策。しかし今冬の感染拡大を抑えきれず、2度目の緊急事態宣言に加え、特措法等にも強制力をもたせる改正が行われた。政府内からは営業時短命令の発動も視野に、との声も出ている。もはや「自粛要請」だけで感染状況をコントロールすることは困難なのだろうか。強制力のある規制の効果は期待できるのか。行動経済学の専門家に聞いた。(取材・文:山野井春絵、神田憲行/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)
感染予防に「ナッジ」が効いた日本
「日本人がロックダウンに頼らずに、『三密』の回避、マスクの着用や手洗いの励行といった感染予防に自発的・協力的に取り組み、感染拡大の防止に貢献してきたことは高く評価すべきです」 東北学院大学の佐々木周作准教授はそう語る。佐々木さんは政府の分科会委員である大竹文雄教授(大阪大学大学院経済学研究科)らとともに、新型コロナの諸対策について行動経済学的に着目し、昨春から研究を進めてきた。 行動経済学は、心理学や脳科学の知見を基に、本人や社会にとって理想的な選択の実行を促すための効果的な働きかけ方を探る学問である。佐々木さんは「自発的な行動変容を促すメッセージに、行動経済学の知見が取り入れられてきた」という。 ここに図示した3つのフレーズは、佐々木さんが大竹教授らとの共同研究で、数カ月にわたっておよそ4200人の参加者を対象に、感染予防について調査したときに用いたものである。これらのフレーズのなかで、あなた自身が感染予防の意識を強く持つのはどれだろうか。 佐々木さんは、「Bのメッセージを見た人たちが、飲食店や交通機関の利用回数をより減らしていました」と話す。つまり感染予防にいちばん効果的だったのである。 「Aのように『あなたのため』と言われても、自分は重症化しにくいから大丈夫と思える。Bのように『人のため』と言われるほうが、重症化しやすい他者を思い浮かべて、感染予防の必要性を認識しやすいのでしょう。他者を配慮する特性を踏まえた利他的なメッセージのほうが効果的だという結果は海外の研究でも観察されていて、行政の発するメッセージでも採用されています」 「Cの脅しのようなネガティブな表現に効果がないという結果は、少し驚きでした。セオリー的にはネガティブな表現のほうがインパクトは大きいと言われているので、実際に調査をしたからこそわかった結果です」 このように人間の意思決定の特性を踏まえたメッセージなどで人々の行動変容を促す手法を、行動経済学では「ナッジ (nudge)」と呼ぶ。ノーベル経済学賞を受賞したリチャード・セイラーが、法学者のキャス・サンスティーンとともに提唱した概念である。佐々木さんの定義はこうだ。 《強制することなく、高額の金銭的インセンティブを用いることもなく、自分自身や社会にとって最適な選択を人々が自発的に実行できるように促すためのメッセージやデザイン、仕組み、制度のこと》 まさに、先述の感染予防の呼びかけのことである。