アートディレクター・山崎晴太郎「アート作品を前にすると身構えてしまう日本人の感覚をできるだけなくしていきたい」『余白思考デザイン的考察学』第4回
『wesmo!』は安心感と便利さを突き詰めた新たな決済サービス
──また、会期中の8月23日には山崎さんがブランディングやデザイン、コミュニケーションとトータルで取り組まれているJR西日本グループの新たな決済・ウォレットサービス『Wesmo!』(来春稼働予定)の事業解説を兼ねたトークショーも開催されました。なかでも『Wesmo!』のために作られたオリジナルフォント「WESTERX SANS」の創作話は非常に興味深かったです。 山崎 僕らは蓋を開けるまで、“どれだけの人がこのトークテーマに興味を持ってくれるんだろう?”と不安でいっぱいでした(笑)。普段、フォントを意識することも、フォントの話を聞く機会ってあまりないでしょうし。でも、突き詰めていくとフォントって“宇宙”のように哲学的な部分があって、僕たちデザイナーは「この“R”のフォントの右のはらいの形がさ……」といった話題だけで朝まで呑めてしまえる(笑)。その面白さが少しでも伝わればいいなと思い、あのトークショーを企画しました。 ──これをきっかけに、初めてオリジナルフォントの重要性を知った方も多かったのではないかと思います。 山崎 確かに、日本人はフォントを意識することって少ないですからね。でも、それは逆にいうと、誰もが無意識のうちにフォントが持つ力に気持ちを動かされているということでもあるんです。たとえば、商品の説明書き一つとっても、フォントが変われば商品が持つ印象自体が違ってきますから。ですから、僕がブランディングの仕事に参加する際は、いつもオリジナルフォントを作る重要性や意義などをお伝えし、新しく作ることを提案しているんです。ただ、オリジナルフォントを作ろうとすると時間とお金がかかってしまうので、相当な覚悟がないとできないんですよね。 ──とはいえ、トークショーでもお話しされていましたが、消費者はオリジナルのフォントを見るだけで、それがなんのブランドなのかが自然とわかるようになる。それは、フォント自体がロゴや看板などと同等の価値や影響力があるものだと言えるということですよね。 山崎 そうですね。ブランドにとって“どんなフォントを使っているか”というのは、“どんな声でしゃべっているのか”ということでもありますから。しかも、それだけじゃなく、オリジナルのフォントは“守り”にも使えるんです。フィッシング詐欺が長年問題になっていますが、それだってオリジナルフォントを使えば、その文章が公式のものなのか否かをすぐに見分けることができる。特に今回の『wesmo!』のような決済を扱ったサービスだと、オリジナルフォントを作るメリットは大きいと思います。 ──なるほど。また、「WESTERX SANS」の制作者であり、世界で活躍されているフォントデザイナーの小林 章さんの創作過程のお話しもフォントの重要性をわかりやすく説いていて、とても面白かったです。 山崎 今回の小林さんとのトークは僕にとってもすごく勉強になりました。僕は学生時代、小林さんが書かれた本でフォントを学んだんです。日本において、小林さんがいたグラフィックデザインの世界といなかった世界とでは、まるで違う未来になっていただろうなと断言できる。それに、小林さんとは今回『wesmo!』のプロジェクトでご一緒したわけですが、仕事のスピード感にも驚かされました。発想も素晴らしく、「WESTERX SANS」には遊び心があり、一見すると少しやり過ぎに感じるところもあるんです。でも、実際はとてもおさまりがいい。新しくフォントを作る時はどこまでオリジナル性を出し、攻めていくかも大事になってくるのですが、そのバランスが実に見事だなと感じました。 ──クライアントが求めているものを掴み取る嗅覚が素晴らしいのでしょうか。 山崎 そうですね。先ほども話したように、日本ではまだ新しいフォントを作ることに慣れていない場合が多いんです。つまり、クライアントも何が正解なのかを明確に分かっていないことが多い。それでも小林さんは、みんなが“うん、これだよね!”と直感で理解できるものを作ってくれる。クライアントが提示するキーワードを咀嚼し、斬新さがありながらも、誰もが納得するものを生み出す。その力やセンス、造形力は本当にすごいなと思います。 ── 一方、山崎さんがブランディングで参加している『Wesmo!』のサービスも、シンプルさを突き詰めたような決済方法で非常に画期的な取り組みだなと感じました。 山崎 JR西日本グループから新しい決済サービスのブランディングの依頼を受けた際、「シンプルさを大事にしたい」というお話しがあったんです。今は電子マネーの決済方法が世の中にたくさんあり、差別化を図るためにさまざまな機能を追加し、それが結果的にユーザーにとっては複雑さを感じるようになってしまっている。ですから、ユーザー目線で“使いやすさ”を追求したものにしようというのは大前提としてありました。 ──レジ前でアプリを立ち上げるのは意外と手間に感じる時がありますし、決済方法がアプリや店側の端末の違いでバラバラなのも、ちょっとしたハードルに感じているユーザーは多いと思います。たくさんあるアプリの中で使うアプリを探す手間もある。その点、『Wesmo!』は端末にスマホをかざすと自動的に決済のサイトに飛ぶようになっている。会場で試しましたが、手軽さと便利さに感動すら覚えました。 山崎 端末は手の平サイズで非常にコンパクトですし、薄さもあるのでテーブルチェックもできる。そこもこだわった部分の一つでした。また、デザイン自体もJRの改札機で馴染のある、交通系タッチの読み取り機にあえて似せたんです。“見たことがある”というのは、それだけで信頼感に繋がっていきますからね。電車に乗るときのように“ここにタッチすればいいんだな”と潜在的に頭に刷り込まれているので、初めての人でも迷うことなく利用することができる。つまり、SuicaやIcocaと同じぐらい安心感のあるものにしたかったんです。ほかにも、まだ発表はされていませんが、新しいお店を開拓するのが楽しみになったり、電子マネーの利便性をさらに高めていく機能も段階的に付与していきますので、ぜひ今後の展開にも期待していただければと思います。 撮影/中村 功 取材・文/倉田モトキ
GetNavi web編集部