アートディレクター・山崎晴太郎「アート作品を前にすると身構えてしまう日本人の感覚をできるだけなくしていきたい」『余白思考デザイン的考察学』第4回
デザイナー、経営者、テレビ番組のコメンテーターなど、多岐にわたる活動を展開するアートディレクターの山崎晴太郎さんが新たなモノの見方や楽しみ方を提案していく連載がスタート。自身の著書にもなった、ビジネスやデザインの分野だけにとどまらない「余白思考」という考え方から、暮らしを豊かにするヒントを紹介していきます。第4回は8月から9月にかけて東京・スパイラルガーデンで開催された個展『越境するアート、横断するデザイン。』の振り返りを中心に、日本と海外におけるアート作品の捉え方の違いや、現在ブランディングで参加しているJR西日本の新しい決済サービス『Wesmo!』の話題についてたっぷりと語っていただきました。
想像力を刺激する“何か”を持ち帰っていただけたのなら大成功
──大規模な個展が大盛況で幕を閉じました。まずは終えてみての率直な感想をお聞かせください。 山崎 “終わったー!”というのが正直なところです(笑)。準備している段階から感じていたのですが、想像していた以上に大変でした。というのも、これまでも個展は何度か開催してきましたが、その多くは2~3シリーズのアート作品に限定して展示することがほとんどだったんです。でも、今回は仕事としてのデザインワークも含め、近年の僕の活動や作品を網羅するような形で展示していきました。そのため、自分で自分を客観視しながら全体像を作り上げていく必要があり、そこが難しく、大変でもあったんです。ただ、そのぶん、来場者の皆さんには僕の頭の中を多面的に見ていただくことができたと思いますし、今は“やってよかったな”と心の底から感じています。 ──初めて山崎さんの個展に来られる方も多かったのではないでしょうか。 山崎 そうですね。皆さん、すごく楽しんでいただけたようで、それもうれしかったです。やはり、表参道という場所柄もあり、クリエイティブなお仕事に疲れている方だけではなく、気軽に立ち寄ってくださる方も多くて。“こうした方々が僕を応援してくれているんだな”と、お顔を直接拝見できたのもよかったですね。実はそこも今回の個展をする際の楽しみでもありましたから。 ──といいますと? 山崎 いまだに慣れないというか、すごく不思議に感じているのが、“僕のことを知っている人って、世の中にどのくらいいるんだろう?”ということなんです。『余白思考』の書籍を出した時も編集者さんに「1万部売れました」と言われたものの、“一体誰が読んでいるんだろう……”とピンとこなくって(笑)。それに、コメンテーターとしてテレビにも出させてもらっていますが、放送後にSNSのフォロワー数が爆発的に増えたり、いろんなコメントが届くかというと、そうでもない(笑)。だからこそ、こうして個展を開催し、会場内で直接話しかけていただく機会を得られたのも、僕にとってはすごく大きなことだったんです。 ──なるほど。では、展覧会の内容についても伺いたいのですが、今回は会場内の設営にもこだわりが見られ、建築現場の〈足場〉のような構成になっていたのが興味深かったです。 山崎 あの空間づくりもかなり大変でした(苦笑)。〈足場〉を使った手法は「株式会社セイタロウデザイン」が近年手掛けている企業やお店などの空間構成によく取り入れていて、世界的な賞もいくつかいただいているのですが、それを今回の個展でも活かしてみました。“未完成である”ということがコンセプトになっていて、それはすなわち、“完成に向かっていく過程”も意味する。それを現す象徴の一つとして〈足場〉を使ってみたんです。 ──どういったところに大変さがあったのでしょう? 山崎 当然ながら、〈足場〉には壁がないんですよね。そのため、面材を貼って、そこに作品を吊るす必要があるのですが、作品ごとに大きさが異なるので、一つひとつの面材を調整しないといけなくて。それを考えていくのが想像していた以上に大変だったんです。単純に白壁を使っていれば、もっとラクに設営ができたはずなんですが、自分の首を絞めたような形になりました(笑)。でも、来場者からの評判もよかったですし、苦労した甲斐があったなと思います。 ──個人的には“あの空間構成を見た時、「アートやデザインは、制作の過程も作品の1つである」といったメッセージ性を感じました。 山崎 そのように受け取っていただいても結構ですし、どう感じるかは本当に自由でいいと思っています。今回はどの作品にも解説文やコンセプト、アイデアが生まれたきっかけなどの説明文を一切記さず、代わりに、作品の世界観をより楽しんでもらうためのちょっとした物語や文章を添えるようにしました。これも、自由に作品を楽しんでいただきたいという思いからトライしてみたことでした。ですので、なかには少し思考を巡らせないと理解できない作品もあったかもしれません。でも、そうやって考えてもらうことも一つのクリエーションだと僕は考えているんです。インスピレーションソースをいろんなところに散りばめた展覧会を目指しましたので、その中から1つか2つでも、想像力を刺激する“何か”を持ち帰っていただけたのなら大成功だったと思っています。