2050年には95%が海に沈むインドネシアの首都移転。"市民置き去り"の実態
政府は、こうした移転計画が順調であることを国内外にアピールしている。7月29日にはヌサンタラにメディアを集め、大統領が新首都に宿泊し、初の執務を行なったことを一斉に報じさせた。 「水も豊富。電気も大丈夫だ」 報道陣の前で、そう胸を張る大統領は余裕の笑顔を見せていた。ところが――。次の瞬間、大統領の表情がわずかに曇った。記者から宿泊した感想を求められると、「あまり眠れなかった」と漏らしたのだ。 現地特派員はこう話す。 「開発が予定どおり進んでいない焦りから、よく眠れなかったというのが本音でしょう。事実、8月17日の第79回独立記念式典には招待客8000人を呼ぶ予定だったものの、インフラの不備などが原因で、直前になって1000人強まで減らす方針転換をしました」 実はヌサンタラでは、水道などインフラは整備されつつあるが、まだ完全とは言い難い。36棟建てる大臣宿舎も、取材時点で3分の1程度しか使用できる状況になかった。 また、総工費4兆円超ともいわれる新都市開発は、外国資本を当てにしている。 「総工費の8割近くを民間企業と外国からの資金で賄おうと各国に投資を呼びかけています。そうした事情もあり政府は、最先端の都市開発が順調に進んでいることを国内外にPRすることに必死なんです」 しかし、海外からの投資は順調に集まっているとは言い難い。例えば、当初は首都移転に協力を表明していたソフトバンクグループも、雲行きの怪しさを懸念してか、早々に出資を見送っている。 別の問題もある。某日本メディアの外信部デスクはこう話す。 「新首都移転は国民のコンセンサスを得られているとは言い難い状況です。約1年前に報じられた現地メディアの世論調査では市民の6割近くが移転に同意していなかった。そうした考えは、今も大きく変わっていないでしょう」 先述したように今秋から公務員の移転が始まるが、現地のジャーナリストによれば、新首都に移住したくないと考えている公務員も少なくないようだ。 そのため政府は、移住に同意した公務員には昇格を加速させると提案し、医師にも優遇措置を与えるなどの策を打ち出している。 ジャカルタの中心部で外国人相手にバーを営むレスリーさんはこう話す。 「私の周りは、しばらくは夫だけ単身赴任で(新首都に)行くだろうと話していました。私? 私には関係ない話。首都移転で喜んでいるのは結局、政府と投資家、金持ちだけさ」 ジャカルタ市内では、ヌサンタラのロゴ入り記念Tシャツが売られていた。だが、店員は「ほとんど売れていません」と明かす。前のめりの政府と国民との間にある温度差が垣間見えたようだった。 ■首都を移転するお金があるなら......