2050年には95%が海に沈むインドネシアの首都移転。"市民置き去り"の実態
首都ジャカルタを目指し、筆者がスカルノ・ハッタ国際空港に降り立ったのは7月28日。赤道付近のインドネシアは乾期ということもあり、太陽が容赦なくアスファルトを照りつけ、乾燥した空気が肌にまとわりつく。 最初に向かったのはムルデカ宮殿だ。大統領の官邸である。その周辺には中央省庁が立ち並ぶ。各省庁や裁判所には紅白の横断幕や旗が飾られ、一様にこんなスローガンが書かれていた。 〈インドネシア前進〉 内務省の正面から写真を撮っていると、入り口にいた恰幅(かっぷく)のいい強面(こわもて)の警備員がすかさず近寄ってきた。 「どこから来た? 旅行か? 良い旅を!」 そう言って拍子抜けするほどの笑顔を見せた。 この日、首都中心部は観光バスが列を成し、街全体が独立記念と首都移転を祝うムードに包まれていた。 新首都となる「ヌサンタラ」はジャカルタから約1200㎞離れたカリマンタン島(ボルネオ島)東部にあり、ジャングルを切り開いた場所だ。 その名称は"群島"を意味しており、いくつかの候補の中から現大統領が決めた。政府は45年までに、この地が200万人規模の街になることを目指している。 ジャカルタからは飛行機で約2時間。だが、新首都近くの空港はまだ完成していない。現時点では、カリマンタン島東部のバリクパパン空港まで飛行機で行き、そこから車で約2時間かかる辺境の地だ。 すでに新大統領宮殿や大統領府は完成している。庁舎や公務員向けの集合住宅の一部も出来上がっていた。 「9月からは大臣や公務員の移住が段階的に進められ、まずは38省庁、約1万人の職員が居住する予定になっています」(前出・特派員) 森林都市をイメージして造られるヌサンタラでは、開発ラッシュの勢いも止まらない。 例えば、中国から最新技術を取り入れた自動運転列車を購入したかと思えば、民間企業が中心になって"空飛ぶタクシー"の開発も進められている。 「インドネシアの国営航空機製造会社など数社が空飛ぶタクシーの開発に参入しており、韓国の自動車メーカー・ヒョンデは、ヌサンタラ付近で試験飛行を行なっています」 高級ホテルも次々と建設が予定され、米ホテル大手のマリオット・インターナショナルの建設計画も昨年9月に発表された。 IT企業を経営するインドネシア人の男性はこう話す。 「首都移転を政府が公表してから、密林だった土地の価格が高騰しています。実際に私も19年に5haの土地を購入しましたが、今は価格が2倍になっていますね」 東京ドーム1個強の広さの土地が当時のレートで約1000万円だったという。この社長は将来、購入した土地に住宅街を造ることを計画しているそうだ。 「知り合いの投資家も、ヌサンタラ近くに広大な土地を取得していて、マクドナルドやスターバックスコーヒーを誘致したいと話していました」 この5年間で地価が3倍、4倍に跳ね上がっている場所もあるという。ヌサンタラでは局地的なバブルが発生している。オランウータンの生息地でもあったジャングルが、急速に近未来都市へと変貌しつつあるのだ。 ■前のめりの政府と引き気味な市民