半導体発展に不可欠…中国台頭、「電子顕微鏡」日本の戦略再考の時
電子顕微鏡(電顕)で原子レベルの磁場を見る技術開発が進んでいる。電顕は電子線を磁場で曲げて結像させる。観察用の磁場が試料の磁場に影響する問題があったが、無磁場化技術が確立されて磁性材料の解析が可能になった。電顕は日本のお家芸と言われ、磁気抵抗メモリー(MRAM)の開発や品質管理に必須の技術だ。次世代半導体の開発競争を支えてきたが、中国の台頭が目覚ましく、産学官で戦略を練る必要がある。(小寺貴之) 【写真】日立の原子分解能・ホログラフィー電子顕微鏡 「国際学会で米中のデカップリングが鮮明化している。米国開催の学会に中国本土の研究者がほとんど参加できていない」と東京大学の柴田直哉教授は指摘する。中国では電顕を重要技術に挙げて国産化を進めている。電顕は電子線描画装置と技術が近く、半導体の開発から製造、品質管理までを支える基盤技術の一つだ。そのため日本でも国を挙げた開発が進められてきた。 日本では東大と日本電子、九州大学と日立製作所が研究をけん引し、市場ではそれぞれが高シェアを握っている。研究面では磁性材料観察でブレークスルーが起きている。日立と九大はホログラフィー式で結晶格子面の磁場観察に成功した。フェリ磁性体の鉄原子が並んだ面とモリブデン原子が並んだ面の磁場を撮像し、明瞭な縞(しま)模様が得られた。格子面ごとの磁場強度を測れるようになる。 新技術では1万枚の画像を自動撮影し積算平均化して鮮明化する。ホログラフィー式は撮像後にデジタル補正でピントを調整できる点も強みだ。日立の谷垣俊明主任研究員は「3D観察に発展させていきたい」と説明する。 東大は原子分解能無磁場電子顕微鏡(MARS)を開発し、反強磁性体の原子分解能磁場の撮影に成功している。電子線は原子の電場と磁場でわずかに曲がる。これを分割型検出器で捉え、電場の影響を排除すると磁場を可視化できる。東大も日立も科学誌「ネイチャー」に掲載された。 MARSは日本電子から発売され、現在はMRAMの基本素子の磁場を観察している。東大の関岳人講師は「従来は素子性能を電気的に評価していた。実際の磁場が見えると、磁場の向きや向きのバラつきを評価できる」と説明する。MRAMは磁性層を絶縁層を挟みながら積層し、磁性層の磁場の向きが平行か反平行かで電気抵抗が大きく変わる原理を利用する。磁場の向きの品質はMRAMの性能に直結する。 日立と東大の技術はMRAM開発において相補的な役割を果たす。日立はフェリ磁性体、東大は反強磁性体などと得意とする物質が違うためだ。日立の品田博之技術顧問は「切磋琢磨(せっさたくま)してきたことが技術の選択肢を広げた」と振り返る。 一方、猛烈な追い上げを見せているのが中国だ。走査型と透過型の国産化を達成し、最先端の収差補正技術も残り2年で獲得すると宣言する。柴田教授は「電顕技術の優位性がなくなると半導体産業の基盤が崩れかねない。国として戦略投資が必要」と説く。