カラフィオーリとは何者か。22歳でイタリア代表レギュラーに…選手生命危機からの復活劇
復活への道のり
カラフィオーリは347日に及ぶケガとの戦いの末、2019-20シーズン初め、ローマのプリマヴェーラでの試合で復活した。当然のことながら、人生で「最も厳しい」旅の後、彼が前と同じように活躍できるかどうかは疑問だった。 実際のところ、ケガをする前のローマでのカラフィオーリの評価はこれ以上ないほど高かった。トップチームの選手たちも彼のとんでもない才能を知っていた。事実、カラフィオーリが病院に担ぎこまれたほんの数時間後、トップチームのチャンピオンズリーグのプルゼニ戦で得点を決めたエディン・ジェコは、ベンチに走っていくと、後輩の名前と背番号が背中に入ったユニフォームを掲げたのだいった。 2年半後、ボスニア・ヘルツェゴビナ代表のジェコは、ヨーロッパ・リーグの準々決勝、スタディオ・オリンピコで行なわれたアヤックス戦で1対1となる決定的な同点弾を決めた。これは、攻撃的左サイドバックに起用されたカラフィオーリのアシストによるものだった。
モウリーニョ時代の不遇
その時、ローマのファンはチームが再びフランチェスコ・トッティやダニエレ・デ・ロッシのような「バンディエラ」(文字どおりにはイタリア語で「旗」を意味するが、スポーツ用語としては「象徴」の意味のほうが近い)を手に入れたという楽観的な見方をしていた。地元生まれでローマのレジェンドとなる運命の子を見つけたと思ったのだ。 当時ローマの監督だったパウロ、そうした行き過ぎた見方を警戒し、若いカラフィオーリの肩に重すぎるプレッシャーを背負わせるのではなく、「成長するための時間」を与えてやるべきだと主張した。 「突然、今の世界最高選手のように扱うことは選手のためにならない」と、ポルトガル出身監督は警告した。「彼に素晴らしい未来があることは間違いない」。 カラフィオーリにとって不運だったことに、フォンセカは2021年の夏、クラブを去った。代わって指揮をとったジョゼ・モウリーニョは、才能ある若手を最大限活用することが不得手であることで有名な監督だった。 だから2021年10月、「特別な存在」たるモウリーニョによってカラフィオーリが――ブライアン・レイノルズやマラシュ・クンブラとともに――干されることになったのは驚きではなかった。彼は新しい雇い主たちに、ローマの弱点と思われることについて非常に辛辣なメッセージを送ったのだ。 3カ月も経たないうちに、カラフィオーリはジェノアへレンタル移籍された。そして、2021-2022シーズン末にはバーセルにわずか260万ユーロ(約4億4,000万円)で完全移籍となった。