サーフミュージックを築いたジャック・ジョンソン「今はパーフェクトな波に乗れているよ」
サーファーたちの聖地と呼ばれるハワイ・ノースショア生まれ。アコースティックギターをベースに、自然と寄り添うサウンドを発表し、21世紀のサーフミュージックのスタンダードを築いた存在として、日本でも人気を博すジャック・ジョンソン。実に13年ぶりとなる単独来日公演に向けて、ハワイから独占メッセージを届けてくれました。 PEOPLE NOW
昔は、ツアー中は緊張の連続だった。今は、オフショアで快適な波に乗れていると思う
幼い頃から海、そしてサーフィンに親しみ、プロサーファーを志すものの、ケガを理由にリタイア。その後、趣味の延長で始めた音楽が、口コミでジワジワと世界に広まり、2001年にデビューアルバムを発表。05年にリリースしたアルバム『イン・ビトウィーン・ドリームス』は、日本でもヒットチャート上位にランクインし、サーフミュージックのムーブメントを築いた、ジャック・ジョンソン。 現在では、音楽だけでなく、家族と自然に寄り添ったシンプルなライフスタイルも注目されている、カルチャーアイコン的な存在になったジャック。実に13年ぶりとなる単独公演が、2月に東京と大阪で開催される。発売と同時にソールドアウトとなった、超プレミアムなステージ。そこに向けた思い、そして、ジャックの「カッコいい」人間像にも迫った、スペシャルなインタビューを独占公開します。
── 2023年はどんな1年でしたか? 地元・ハワイではマウイ島の災害が発生しましたが。 ジャック・ジョンソン(以下ジャック) 僕にとってはいい年だったよ。ツアーをいくつかこなした後、ハワイに帰って結構長くこっちで過ごせたから。いつも、子どもたちの学校がない時にツアーに出るようにしていて、今は家に戻って普通の生活を送っているんだ。 でも、マウイの火事は悲しい出来事だったね。マウイ島には親しい友人がたくさん住んでいるし。だから、彼らが何を必要としているかに耳を傾けて、十分に支援できるようにしようと心がけているんだ。 ── 音楽活動的には、どんな1年でしたか? ジャック やはり音楽活動のメインはツアーだった。そして今は、僕がいるこのスタジオによく来て、小さなアイデアを書き出してるんだ。僕が新しい曲を作るプロセスには3つのパートがあって、パート1はスタジオに入って、この音楽は誰にも聴かれないと自分に思い込ませて好きなものを書く。実際、僕がここで作った曲のほとんどは誰にも聴かれてないしね。今ドラムの上に座っているんだけど、まずはドラムビートから初めて、それから壁にかけてあるギターを取ってきて、何かやってみる。 パート2では、その曲を共有したいと思えるものにするんだ。パート3で、最終バージョンをレコーディングして、仕上げて完成させる。今は、そのパート1の段階に入ろうとしているところなんだよ。 ── ちなみに今いるのは、(地元ハワイにある自身のスタジオ)マンゴー・ツリー? ジャック マンゴー・ツリーは、1マイルほど離れた所だよ。ここは、僕が主に1人でレコーディングをするスタジオなんだ。まだ新譜を作るまではいってなくて、その前の段階としてスケッチを描いているところ。 でも僕は、このパートが好きなんだよね。他の誰のためでもなく、自分自身のために何かを作る。それをちょっと子どもたちに聴かせたり、一緒にレコーディングもして楽しむんだ。今は、子どもたち以外の誰かとシェアできるような音源は全然できていない。それはまた次の段階だからね。 ── 新曲のアイデアは、ツアー中に思い浮かぶこともあったのでは? 同時に、最新作『ミート・ザ・ムーンライト』を再確認できるいい機会になったのでは? ジャック 面白い質問だね。実はレコーディングが終わると、僕はしばらくその作品を聴かない。制作中は毎日スタジオにいてその曲のことばかり考えているから、最後までリスナーとしては聴けないんだ。 制作する側だとどうしても入り込んでしまって、いつまでも作業を続けようとしたり、自分自身では完成の目処がつけられない。そういう時は、もうこれで完成だっていうのを誰か第三者に教えてもらう必要があるんだよ。 また僕の場合、完成してから一年近くは、曲を聴くたびにまだ変更したい部分が見えてきたり、ベースやドラムが十分な音量かどうかが気になってしまったりする。 だから、今になってようやく、クルマに乗っている時に久しぶりに聴くことができて、プロデューサーのブレイク・ミルズにメールしたんだ。「やっとアルバムを聴いてみたんだけど、制作を手伝ってくれて本当にありがとう。今まで気づかなかったけど、僕はこのアルバムをかなり気に入っている」ってね。 それくらい自分でもいいアルバムだと思えた。彼とコラボできたのは楽しかったし、本当に才能あるプロデューサーだし、音楽だけでなく、友人としてお互いを知る時間をもてたことは、すごく幸運だったと思う。