「レース中は不眠不休、山賊や猛獣の恐怖に苛まれ…」 57歳の「鬼軍曹」が挑む、“世界一過酷なレース”の中身…「出場者は全員クレイジー」
ある女性メンバーから、「キャプテンは人のやる気をなくさせる天才」と言われたこともあったほど、チームワークづくりに苦しんだのだった。 ■ようやく見つけた人間関係をよくする方法 そんなあるとき、レース中に、価値観を一変させられる出来事が起こった。やはり田中さんのせいで険悪になってしまい、どうにもならないままレースが進んでいくなか、メンバーの青年が口笛を吹いた。すると、チームの雰囲気が一気に和んだのだった。田中さんは当時を振り返る。
「彼は自分の意見をほとんど言うことがなく、いてもいなくても変わらない空気のような存在だと思っていたんです。はっきり言って、ちょっと下に見ていた。けれど口笛の件で、僕は彼に負けたんだ、人間的に彼のほうがすごかったんだ、と打ちのめされました。彼は彼なりに、チームのバランスを取るという役割を果たしていたんですね」 決して目立つ存在ではないけれど、実は縁の下からチームを支えていた。それに気づいたことで、田中さんは大きなショックを受けたのだった。
それから、リーダーシップやチームビルディングの猛勉強をしていった。もっとも有用だったのはアドラー心理学。上下関係のないフラットな人間関係を築くことが、チームには必要だと学んだ。 それまでの田中さんは、人を能力で見ていたと回想する。死の危険すらある過酷なレースのため、体力はあるか、アウトドアの経験や知識はどれくらいか、などでメンバーを評価し、優劣をつけて、上下で見てしまっていたのだ。 ちょうどこのころ、チームの若い女性メンバーが、合宿中に夜逃げをしてしまう事件が起こった。早急に彼女と向き合って、関係性を修復する必要があったが、どうすればフラットな人間関係を築けるのかわからない。考えた末に田中さんが取ったのが、「感謝する」ことだった。
「本当に失礼なのですが、最初は彼女の何に感謝すればいいのか思いつかなかった(苦笑)。けれど、女性メンバーがいなければレースに出られないので、いてくれるだけで助かる、存在自体がありがたい、と感謝したんです。人間としての尊厳を認める、実はそれがアドラー心理学でいうところの、フラットな人間関係だったんです。彼女もチームに復帰してくれて、人間関係もよくなりましたね」 ■「当たり前」を過信していた その一件以降、田中さんの中で「感謝」というキーワードが大きな意味を持つようになった。あるとき、「感謝の反対は何か」と考えたところ、「当たり前」という言葉が浮かんできた。