音楽シーンからみるアメリカ大統領選。ハリス支持は多いが、トランプにはダメージなし? 大和田俊之さんに聞く
なぜエンタメ業界はハリス支持が多い? カントリーミュージックに変化も
―たしかに。最近では、マーベルの映画『アベンジャーズ』シリーズの俳優たちがハリスへの投票を呼びかけていましたが、エンタメ業界でハリス支持が多いのはなぜなのでしょうか。 大和田:そもそもエンタメ業界はマイノリティがたくさんいる業界です。スポーツもそうですが、マイノリティが当たり前のように存在し、つねに共同作業をしているような業界は、かれらが差別をされていたら立ち上がるでしょうし、その結果、やはり民主党の方に傾くのだと思います。 大和田:業界として、トランプを支持することで人種差別的であると見られることを恐れているところもあるでしょう。 なかでも最も保守的と言われているカントリーミュージック界も、表向きは多様性を尊重するようにもなりました。2019年ごろにLil Nas Xの“Old Town Road”(※)がヒットしたあたりから、グラミー賞でもアフリカンアメリカンのカントリーミュージシャンをフィーチャーするようになり、2023年はアメリカでカントリー音楽がものすごくヒットした年になりました。 ※Lil Nas X“Old Town Road”……Lil Nas Xがカントリー歌手のビリー・レイ・サイラスとコラボし、2018年末にリリースした楽曲。カントリーとラップを混ぜ合わせ、ビルボード・ソング・チャートで長期間首位を獲得するなど大ヒットを記録した。 大和田:ヒット曲のなかには排外主義的なものもあれば、リベラルに寄ったものも両方あった。そういう意味ではカントリーのブームがいわゆる保守反動的なものなのか、それとも本当に多様性を推進するようになったのか、どう解釈するべきか読みきれないところもあります。 ただ今年はビヨンセがカントリーアルバム『COWBOY CARTER』をリリースし、ポスト・マローンもカントリー・デビュー作の『F-1 Trillion』を出しています。そんな動きもあって、やはり全体としては民主党寄りの業界ではあると思います。 ―一方で、ビヨンセの『COWBOY CARTER』は高く評価されたにもかかわらず、カントリー音楽業界最大の賞である『カントリーミュージック協会賞』に一切ノミネートされませんでした。業界としては受け入れていない側面もあるのではと思ったのですが……。 大和田:2016年のカントリー・ミュージック・アワード(CMA)でビヨンセとThe Chicks(元Dixie Chicks)が共演してパフォーマンスをしたとき、盛り上がっている観客もいれば、「なんでここにいるのか」みたいな顔をしている観客が一定数いました。 『COWBOY CARTER』の発売にあたり、ビヨンセ本人も「歓迎されていないと感じた経験」がきっかけになっていると言っているんですが、それとは別の動きとして、アメリカ音楽史の研究領域ではカントリーミュージックのルーツにアフリカ系アメリカの音楽があるということがだんだん実証されてきていて。 カントリーミュージックの初期のスターがアフリカ系アメリカ人のミュージシャンにギターの奏法を習っていたり、初期のヒット曲に黒人教会で使われていたメロディーが多かったりと、カントリーミュージックのルーツに黒人音楽があることが研究の領域で明らかになってきた。ビヨンセのアルバムもその流れをふまえて制作されています。 そうすると一方で、特にカントリー業界のなかで、本当の意味での「白人の音楽」とは何なのか、白人というマジョリティとしての危機感を持つ人がいてもおかしくないのではないかと思います。 Lil Nas Xの“Old Town Road”がリリースされた際も、一時的にビルボードのカントリーチャートから除外された騒動がありました。業界としては、人種差別的な業界に見えるのを避けるために多様性を推進するようになり、リスナーにも業界内にもそれを歓迎している人もいると思いますが、カントリーミュージックの聖地であるナッシュビルの重鎮たちが本音でどこまでビヨンセを受け入れようとしているかは、また別の問題として存在すると思います。