小保方氏のHP開設と繰り返される「流言」の意味
小保方氏はこのSTAP HOPE PAGEで「STAPの背景」や「STAP細胞のプロトコル」、「STAP検証実験の結果」なるものを書いています。「背景」では、 “理研におけるSTAP細胞調査の最終報告書によれば、キメラマウスはすべて、細胞株もテラトーマもES細胞に由来し、STAP細胞ではないことがわかりました。しかしながら、STAP様細胞からのテラトーマ形成だけは、ハーバード大学のヴァカンティ博士の研究室で、2010年にすでに確認されています。” としています。 テラトーマ(奇形種)形成とは、ある細胞が多能性(さまざまな細胞になる能力)を持っているかどうかを確かめるための基準の1つです。STAP細胞を報告した『ネイチャー』論文ではできたと主張されましたが、理研の「STAP現象の検証」では、もっと確実な「キメラ」胚の作製という方法が優先され、その結果、何もできなかったので、必要なしと判断され、省略された方法です(後述)。「STAP様(よう)細胞(STAP like cells)」とあるので、博士論文のもとになったとされる論文の研究を指しているのかもしれません(Tissue Eng Part A. 17(5-6):607-15, 2011)。 また小保方氏らの『ネイチャー』論文には、「脾臓」の細胞を「塩酸」で処理したと書かれているのですが、小保方氏は今回のプロトコルでは「脾臓やそのほかの組織」を「ATP(アデノシン3リン酸)」で処理することをすすめています。これは「STAP現象の検証」において、丹羽仁史氏によって行なわれたのですが、結局はSTAP細胞をつくることができなかった実験に準じています。 ホームページの「検証実験の結果」においては、理研の「STAP現象の検証」では紹介されなかったグラフが掲載されています。遺伝子発現を解析した結果を示したもので、「理研のSTAP検証実験チームのほかのメンバー」が「遺伝子発現解析」を行ったと書かれています。いまのところ、後述する「キメラ法」や「テラトーマ法」に関するグラフや写真はありません。理研の検証でも、小保方氏自身による実験結果として、遺伝子発現の度合いを示すグラフが示されました。そのグラフでは、多能性を示す「Oct3/4」という遺伝子の発現はES細胞に比べてはるかに低いものでした。ところが、今回小保方氏のホームページで初めて紹介されたこのグラフでは、ES細胞に匹敵するOct3/4の発現が示されています。ただし、グラフのもととなった生データは公開されていません。 筆者がこの件について理研に問い合わせてみると、「このグラフが何のバックデータに基づくのかは定かではありません。(STAP現象の)検証においても、たくさんのデータを取っていますが、公開したものが公式のものです。もちろん生データもすべて記録しています。公開していないものも含めて、全てのデータの中で絶対にないとはいえませんが、私どもで調べた限り、一致するものはありません。(ホームページについて)個人のつくったものにはコメントできるスタンスにはありません」(広報室)とのことでした。なお、小保方氏のホームページに問い合わせの窓口はありません。 いま学術界では、「データ・シェアリング(共有)」といって、論文そのものだけでなく、論文に掲載したグラフなどのもとになった生データをも公開しようという議論が盛んになされており、実際に始まっています。しかし、理研の「STAP現象の検証」でも生データは公開されていません。小保方氏と理研、両者が生データを公開しない限り、このグラフの検証は専門家でも不可能でしょう。 ただ、このホームページは今後更新されるとも書かれており、今後新しい情報が公開されるかもしれません。 一方で、すでに再現性がなく、研究不正があるとみなされた研究について、その当事者が新しいプロトコルを個人ホームページで公表したからといって、実際にそれを試す研究者がいるかどうかは疑問です。ただ、何らかの報告がどこかからなされる可能性もゼロではありませんので、待つ必要があります。 そして何より、もし小保方氏が科学コミュニティに対して、たとえばテラトーマ形成の証拠や、より詳しいプロトコル、未公表のデータの公開など、何らかの科学的主張をしたいのであれば、査読のないホームページなどではなく、まずは前述した『ネイチャー』のBRIEF COMMUNICATIONS ARISINGでの2報告に対する反論を、生データも添えて同欄に投稿すべきです。その過程で「STAP現象の検証」や「研究論文に関する調査報告書」にも反論できるでしょう。 なお小保方氏は体調不良だと伝えられおり、またこのホームページでもそう書いています。ならば、まずは治療と休養を優先すべきだと筆者は考えています。ホームページ開設などよりも。ましてや一般読者向けに手記を書くことなど論外でしょう。