武藤嘉紀がアギーレジャパンにもたらした“新鮮力”
左足から放たれた強烈な弾道がゴール右隅に吸い込まれた瞬間から、FW武藤嘉紀(FC東京)は静寂に支配された空間にいることに気がついた。6万4000人を超える大観衆で埋まった横浜国際総合競技場のスタンドから降り注ぐ、嵐のような大歓声も何も聞こえない。 集中力を極限にまで高めていたのだろう。サッカー人生で初めて味わう感覚。試合後の取材エリアで大勢のメディアに囲まれた武藤は、初々しい笑顔を浮かべながら歓喜のシーンを振り返った。「あっ、決めちゃったのかなと。時が止まった感覚でした。本当にシーンとしていて」。FW岡崎慎司(マインツ)や、同じ22歳で代表デビューを果たしたMF柴崎岳(鹿島アントラーズ)たちの手洗い祝福と「ナイスシュート!」の叫び声で我に返り、自らがやってのけた大仕事を実感した。 9月9日。横浜。ベネズエラ戦。両チームともに無得点で迎えた後半6分。均衡を破る豪快な一撃は武藤が日本代表2試合目で決めた初ゴールであり、同時にアギーレジャパンにとっても141分目にして初めてのゴールとなった。自陣からDF水本裕貴(サンフレッチェ広島)が前線へ山なりのロングボールを送る。落下地点でワントップの岡崎とベネズエラ代表のDFが競り合う体勢に入る前から、後半開始と同時にFW柿谷曜一朗(バーゼル)に代わって投入されていた武藤は前線のスペースへ走り始めていた。相手にクリアされれば、無駄走りに終わるかもしれない。それでも、武藤はグングン加速していく。「ああいう場面でサポートがないと、攻撃は流動的にはならない。ボールが真ん中に入ったときには、こぼれ球を拾うことや味方へのサポートに入ることを意識していたので」。 岡崎は競り負けたものの、相手DFのクリアも不完全なものとなる。思いが通じるかのように、セカンドボールが武藤の目の前にこぼれてくる。センターサークル付近から相手ゴールへ向かって得意のドリブルを始めながら、武藤は頭脳をフル回転させて3つの「駆け引き」を導き出していた。 1つ目は後方からチェックにきた相手のキャプテン、MFトマス・リンコンの存在だ。「最初の選手がファウルを狙ってくると思っていたんですけど、そこで僕が倒れなければ絶対にチャンスになると思っていたので。何とか耐えることができましたね」。 リンコンの激しいチャージでも、ストライドが大きく、かつ力強いステップを刻む武藤のドリブルは止められない。パスコースは岡崎、そしてFW本田圭佑(ACミラン)と2つ開通していたが、スピードに乗りながら武藤は脳裏に閃いた2つ目の「駆け引き」に素直に従った。「それまでシュートの意識はなかったんですけど、パスの選択肢もある中でシュートを打つことによってキーパーも迷うはずなので。相手のキーパーも、エリアの外から打ってくるとは思わなかったんじゃないですかね。途中から出るということは、僕自身、ゴールを求められているので」。