なぜ『百年の孤独』はマジックリアリズムで書かれなければならなかったのか? 池澤夏樹と星野智幸が語る【第4回】
星野 だからそういう意味では、ラテンアメリカの書き手たちはあの語りにこそものすごくリアリティを感じたんでしょう。確かに欧米のリアリズムの文法ではない。でもあの地域に生きる人たちにとってはあれこそが現実を実感させる書き方だったんだと思います。魔術的リアリズムというとどうしても魔術の部分だけが注目されて、どこかラテンアメリカの外の世界に向けたキャッチコピーのようになってしまいました。でも、本当は魔術よりもリアリズムに重きを置いて書こうとしたはずで、そこが面白いんですよね。 池澤 そうそう。彼らはいつもそこに反論するんですよ。私たちが書いているのは現実である。大事なのはマジックじゃない、リアリズムの方なんだって。 星野 その土地に生きている人たちの現実的な感覚を語るための独自のリアリズムは、ガルシア=マルケスが登場するまで形式として存在してなかったということですね。『百年の孤独』が世に出てから、初めてそれぞれ独自のリアリズムという形式が生まれた。こうやって書いていいんだと、世界中の後続の作家は気づいたわけですね。 池澤 形式を与えられてそれまで水面下で蠢いていたものが一気に外に出てきたということだと思います。 *** 第5回では、池澤さんと星野さんが自作を引き合いに出し、『百年の孤独』を生んだ土壌を考察した対談をお届けする。 (全6回の一覧はこちら) *** 池澤夏樹 作家。1945年北海道生まれ。埼玉大学理工学部物理学科中退。東京、ギリシャ、沖縄、フランス、札幌を経て、2024年5月現在安曇野在住。主著『スティル・ライフ』『母なる自然のおっぱい』『マシアス・ギリの失脚』『楽しい終末』『静かな大地』『花を運ぶ妹』『砂浜に坐り込んだ船』『ワカタケル』など。「池澤夏樹個人編集 世界文学全集」「同 日本文学全集」を編纂。 星野智幸 作家。1965年ロサンゼルス生まれ。早大卒業後、新聞社勤務を経てメキシコに留学。1997年『最後の吐息』で文藝賞受賞。主著『目覚めよと人魚は歌う』『ファンタジスタ』『俺俺』『夜は終わらない』『焔』など。 [文]新潮社 1896年(明治29年)創立。『斜陽』(太宰治)や『金閣寺』(三島由紀夫)、『さくらえび』(さくらももこ)、『1Q84』(村上春樹)、近年では『大家さんと僕』(矢部太郎)などのベストセラー作品を刊行している総合出版社。「新潮文庫の100冊」でお馴染みの新潮文庫や新潮新書、新潮クレスト・ブックス、とんぼの本などを刊行しているほか、「週刊新潮」「新潮」「芸術新潮」「nicola」「ニコ☆プチ」「ENGINE」などの雑誌も手掛けている。 協力:新潮社 新潮社 新潮 Book Bang編集部 新潮社
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