東日本大震災を機に表現を模索し続けたアーティスト鴻池朋子、能登半島地震で変化したこととは?
一方、能登の珠洲(すず)市には、前編で紹介した「物語るテーブルランナー」で協働していた手芸チームの女性たちがいた。震災後、彼女たちは心配する鴻池に対し、「避難所まで針や糸を持ってきた。何かを作りたいから、下図はないですか?」と尋ねてきた。これを受けて鴻池は避難所を訪問。カーテンも一緒に作ることにした。 「手でものを作ることは、活力になるんだと思いました。現代の人は概念でものを考えがちだけど、針と糸ですくっては刺してを繰り返し、小さくとも自分の手で作っているという実感は、ごはんを食べるのと同じくらい重要なんだと。そして、生産性には直結しないかもしれないけれど、そうして手で何かを求めて遊べるということは、人間が生きること、『アート』とすごく近いのではと思うんです」 手とモノの間に起こる、摩擦、質感、温度。情報から先回りする思考ではなく、実際に伸ばしてみたその指先の感触から世界を「みる」こと。現代における、そうした体験の不足と、そこに生じる息苦しさへの問い。鴻池は、アーティストとしての自身の役割をここに置く。 「たとえば、動物の子どもが甘嚙(が)みをする。これも、ごっこ遊びです。本気で嚙んだら食べてしまうけれど、嚙むところまではいき、そのギリギリの境界を楽しむ。そうしたことが人を面白くさせて元気にするんです。だけど今は、多くのものに安全というフィルターがかかり、あらゆることが言語という二次情報として入ってきて、自分の皮膚を晒して感じることができない。こうした時代に私ができるのは、『あとはあなたの身体しかないですよ』というギリギリのところまで背中を押してあげること。『皮膚を晒すしかない』ところまで持っていくのが私の役目です」 青森の展示会場では、こうした考え方も踏まえ、車椅子やベッドなどを通して鑑賞者の身体のあり方を具体的に変える仕掛けも導入する。さらに、異なる領域の研究者たちにも声をかけて、彼らが鴻池の作品を使って、全く新しい研究や作品を発表する部屋も登場するという。 「身体のあり方が変われば、見えるものも違ってくる。誰かができないことがあったら、お互いにできることを持ち寄る。みんなの身体には、そんな基本的な生活力やせっぱ詰まった状況の中で思考し生きる力があることをまずはちゃんと意識しないと、本当に生き延びていけない気がしています。そしてそれは、本来何だかわからない場所である美術館だからできること。いま美術館は、見ることに偏った安全な場所になっていますが、それを何だかわからないものにちゃんと戻したいと考えています」 鴻池が長い道草の先に見いだした、新しい世界。そこに向かって背中を押されたとき、人は何を感じるのか? いま問われているのは、一人ひとりの身体なのだ。 鴻池朋子(こうのいけ・ともこ) 秋田県生まれ。アーティスト。玩具、雑貨などのデザインに携わり、その後アニメーション、絵本、絵画、彫刻、映像、歌、影絵、手芸、おとぎ話など、さまざまなメディアで作品を発表。屋外でのサイトスペシフィックな作品を通して、人間の文化の原型である狩猟採集の再考、芸術の根源的な問い直しを続けている BY TAMAKI SUGIHARA, EDITED BY MICHINO OGURA