目の覚めるような青はラピスラズリ ボッティチェリの才能と絵画の魅力
ボッティチェリ工房とフィリッピーノ・リッピ
画家として名声を得たボッティチェリは、たくさんの注文にどのように応えたのでしょうか。ルネサンス時代の芸術家は、大勢の弟子や助手が出入りする工房を構え、共同でひとつの作品を仕上げることが普通でした。弟子たちは師の様式を徹底的に学び、型を踏襲することで、質の高い絵画を量産したのです。おそらく家具装飾として制作された《パリスの審判》(チーニ邸美術館)は、ボッティチェリが全体の構図を決め、工房の弟子たちによって制作されたものです。この絵画には、ボッティチェリの作品にしては珍しく、広々とした風景が描かれています。実のところボッティチェリは、レオナルド・ダ・ヴィンチから「貧弱な風景」を描く画家として批判されたことがあるので、こうした背景も、風景描写が得意な工房の画家に委ねられたのでしょう。
ボッティチェリ工房で育ったもっとも優れた弟子が、フィリッピーノ・リッピです。フィリッピーノは、修道士であり画家であった父フィリッポ・リッピの駆け落ちの末に生まれた息子で、ボッティチェリに学んだ後、彼に劣らぬ人気の画家として活躍しました。初期の《幼児キリストを礼拝する聖母》(ウフィツィ美術館)においては、甘美な聖母像、調和のとれた構図、地面の草花の精緻な描写に、ボッティチェリからの影響が強くあらわれています。フィリッポ・リッピから生まれたボッティチェリの様式は、こうしてフィリッピーノへと引き継がれ、15世紀を通じたフィレンツェ美術の歴史に確固たるひとつの系譜を築き上げたのです。 【東京都美術館・担当学芸員 小林明子:専門はイタリア・ルネサンス美術。担当した展覧会に、「レオナルド・ダ・ヴィンチ展」(2013年)、「バルテュス展」(2014年)、「ウフィツィ美術館展」(2014年)など】