目の覚めるような青はラピスラズリ ボッティチェリの才能と絵画の魅力
絶世の美女を描く
《美しきシモネッタの肖像》(丸紅株式会社)もまた、ボッティチェリの円熟期の技量が光る肖像画です。横顔で描かれた女性は、フィレンツェ一番の美女と謳われたシモネッタ・ヴェスプッチの肖像といわれています。若くしてフィレンツェのヴェスプッチ家に嫁いだシモネッタは、メディチ家の人々や、彼らの周りに集った詩人、哲学者、芸術家たちと交流し、彼らに霊感を与える芸術のミューズのような役割を果たしました。描かれた女性を特定する確かな証拠はないものの、ボッティチェリは実在の女性をモデルとしながら、美しい女性にふさわしい特徴を取り入れ、いわば美の理想型を作り出したのでしょう。同じような容貌の女性像は、《春》や《ヴィーナスの誕生》に登場する女神たちのなかにも見出すことができます。
物語をイメージへ
ボッティチェリは生涯にわたり、聖書や神話、詩に基づく物語画を数多く制作しました。今回の展覧会でボッティチェリ作品として初めて紹介する素描《愛の勝利》(クラッセンセ図書館)もまた、14世紀の詩人ペトラルカの詩をもとに描かれたものです。凱旋車とそれを引く4頭の暴れ馬、縄につながれた愛の犠牲者たちによって、ペトラルカの記述がいきいきとしたイメージとして表わされています。 ボッティチェリが後年に手掛けたダンテの『神曲』に基づくおよそ100枚の素描もまた、彼の文学に対する関心を示すものです。画家の最大のパトロンであったロレンツォ・イル・マニーフィコや、その周辺にいた知識人たちと交流するなかで、ボッティチェリはこうした知的な世界に魅かれていったのかもしれません。 ルネサンス時代とはいえ、15世紀のフィレンツェで制作される絵画は宗教画が圧倒的に多く、神話画や文学に基づく絵画はそれほど作例がありません。そうした時代に、架空の物語や抽象的な場面をイメージに翻案するボッティチェリの創意と、それをドラマチックな構図にまとめる構想力は抜きん出ています。その洗練された感性が、個性的な絵画表現とともに、パトロンや知識人たちを大いに満足させたのでしょう。