Drift on the WILDSIDE -全天候型放浪記- リバー・ランズ・トゥ・ザ・ノース
Drift on the WILDSIDE -全天候型放浪記- リバー・ランズ・トゥ・ザ・ノース
北海道の道北エリアを流れる天塩川は、全長256kmを誇る全国4位の大河だ。 その天塩川を北へ北へとラフトで下り、フライフィッシングを楽しんだ。 猛烈に暑かった夏と涼しい川面。これぞオトナの夏休みだ。 編集◉フィールドライフ編集部 文◉ホーボージュン 写真◉二木亜矢子 取材協力◉なよろ観光まちづくり協会。
名寄のアウトドアイベントでレジェンドフライマンと出会った。
「ジュンさん、ご無沙汰してます! 名寄のジュンヤです! 」。 今年の6月に古い友人から電話がかかってきた。声の主は北海道名寄市に住む村上淳哉君。この夏に地元で「なよろのアウトドアフェスティバル」というイベントを開催するので、ぜひゲスト出演してほしいという依頼だった。 ジュンヤ君は4年前に39歳の若さで名寄新聞社の社長になり、いまは地域に密着した誌面作りと地域振興に奮闘している。今回のイベントも道北のアウトドアシーンを盛り上げたいという想いで地域の皆と企画したらしい。 僕は彼の申し出を快諾し、ついでに10日間の休みをとった。せっかくなのでイベント出演だけでなく、道北の自然を楽しみたかった。 そう話したら「だったら天塩川を下って、フライフィッシングをしましょう! 」とジュンヤ君が言い出した。同じイベントに出演する地元ガイドたちも誘うという。そんなふうにしてこの旅は始まったのである。 夏日と渓流と尺イワナ。 「川下りの前に、まずは源流の沢に入ってみませんか? 」キラキラした瞳を輝かせて千葉貴彦さんがそう言った。 千葉さんは名寄在住のフライフィッシングガイドで、北海道のレジェンドのひとりだ。国内の川はもちろん、海外へも精力的に遠征を行なっている「釣りバカ」だ。 初日に千葉さんは僕を名寄川の源流部に案内してくれた。川幅は4mほどで深さは膝上ぐらい。なんてことのない川なのだが、やたらと野趣にあふれていた。 「入渓する前に、これを着けて下さい」渡されたスリングには熊撃退用のベアスプレーと大きな熊鈴が4個も着けられていた。道北では釣り仕度より前に、まずはヒグマ対策が最優先事項になるのだ。 「ちょっと川のなかのようすを見ますね」そういうと千葉さんは倒木の影になった薄暗い淵に向けてキャスティングを始めた。 キリリリー、キリリリーと小さなリールから繰り出された白いラインが空中で柔らかな弧を描き、見えないリーダーの先に取り付けられたフライが風に煽られた羽虫のようにフワリと空を舞う。やがてフライは緩やかな流れの上にポトリと落ちて、そのままスーっと倒木の下に吸い込まれていった。 「すごい……」。 僕はその芸術的なキャスティングに息を飲んだ。どうしてあんなことができるんだろう。僕にはまるで魔法としか 思えなかった。 そして投げ入れた3投目。川面の下にサッと黒い魚影が動いたかと思った瞬間、千葉さんのロッドが「ヒュン! 」と美しい弧を描いた。そしてあっというまに立派なイワナを釣り上げてしまったのだ。 「すごっ! 」。 僕は大興奮だったが千葉さんは落ち着いた笑顔を浮かべ、「魚はちゃんといますね。今日はのんびり楽しみましょう! 」といって、僕にロッドを渡してくれた。 ここからは千葉さんにポイントをガイドしてもらいながら川を遡上した。瀬、淵、落ち込み、石裏、出合い、流れ込み……。魚の潜むポイントは川のいたるところにあった。 「ああいう風に流れの筋がY字に合わさるような場所も狙い目です」。 そういって千葉さんがキャスティングすると百発百中イワナが釣れた。なんだかもう、ゲームセンターで達人のプレイをうしろから見ているような感じだった。それにひきかえ僕はフライを前に飛ばすだけで精一杯だ。 同行したジュンヤ君が一投ごとにていねいなアドバイスをくれたが、なかなか上手くいかない。それでも徐々にキャスティングの精度が上がっていったそのときだ。 「! 」。 流芯から脇に逸れて流れていくフライになにかが飛びついたのが見えた。あわてて合わせる。すると穂先に小さな衝撃があり、やがてグググっとロッドがしなった。 「キタッ! 」。 興奮しながらロッドを立て、グリグリとリールを巻く。 「ジュンさん無理しないで! ゆっくり下流側に回りながら、あそこの岸に寄せましょう」。 ジュンヤ君がランディングネットを取り出しながら指示を出してくれ、僕は無事に釣り上げることができた。 「やったー! 」。 歓喜とともにネットに収まったのは25cmほどの美しいイワナだった。キラキラと光る魚体には白く丸い斑点がクッキリと浮かんでいる。本州で見るイワナとは明らかに違う、いわゆるエゾイワナと呼ばれる亜種だ。 「キレイな魚ですね! 」。そう褒めてくれた千葉さんとハイタッチを交わす。僕が釣ったわけじゃなく「釣らせてもらった」ことはわかっているが、やっぱりうれしい。 これで肩の力が抜けたのか、このあとは格段にキャスティングの精度が上がった。そして狙ったポイントにフライが落ちさえすれば、おもしろいように釣れた。 サイズもどんどん上がり、ついには30cmオーバー。尺イワナである。眩しい夏空、青々した原生林、流れゆく川、そして尺イワナ。それは僕にとってデキすぎ〞の一日だった。 ワイルドサイドはすぐそばにある。 翌日から僕らは川下りの旅を始めた。僕とジュンヤ君は千葉さんのラフトに乗ってあちこちで釣りをしながら下った。それはとてもぜいたくなツーリングだった。 「いやあ~、いい川だなあ」。 ラフトの舳先で僕はため息とともにそう呟いた。視界に人工物はまったくなく、手つかずの原生林が広がっている。護岸されていない川岸ではヤマセミが「キャラッ、キャラッ」と鋭い声を上げながら飛び回り、ときおり川にダイブして小魚を獲っていた。 「あっ! オジロワシだ」。 ジュンヤ君の声に上を向くと、堂々たる体躯のオジロワシが滑空していた。クサビ型の白い尾が陽光に煌めく。なんてワイルドな景色だろう。とても日本とは思えなかった。 「僕のお客さんに毎年カナダまで釣りに行っている人がいるんですけどね……」千葉さんが言う。 「コロナで行けなかった時期にいっしょにここを下ったんですよ。そしたらこんなにすごい自然があるなら、もう海外に行かなくてもいいや〞って、それから毎年のように足を運んでくれるようになりました」。 ワイルドサイドは遠く離れた土地にあるのではない。それは、じつはとても近くにあるのかもしれない。