「憲法第九条は日本人がつくった」…すでに否定された「神話」が今でも支持されるワケ
幣原発案説はなぜ支持されているのか
ここまで今日に至る幣原発案説が支持される背景とその問題点について論じてきました。幣原発案説は護憲という政治的目的を達成するために唱えられてきたことがわかります。「押しつけ憲法論」に反論するためには、憲法第九条が日本人による発案であるという事実を証明することが、何より有効だと考えられてきたのです。しかし、今日の研究を踏まえれば、幣原発案説は完全に否定されています。にもかかわらず、幣原発案説を支持する人びとはこうした批判を無視するか、誤った反論をくわえています。 こうした事態を受けて幣原発案説を支持する研究を「歴史修正主義」的であると批判する人もいます。「歴史修正主義」の概念規定については多くの立場や意見がありますが、政治的目的のために先行研究が無視され、すでに否定されたはずの議論や史料があたかも有力であるかのように蒸し返されている現状に注目すると、幣原発案説を取り巻く現状が、「歴史修正主義」をめぐる問題と重なる部分があることは事実でしょう。 幣原発案説をめぐる諸問題は、護憲派やリベラルと呼ばれるような人たちにとっては不都合なものです。しかし、政治的目的がいかに護憲に基づくものであっても、誤った事実を流布したり、誤解を招くような言説を広めることは許されません。とくに憲法問題は政治的な議論に直結しています。 すでに私たちは先のある選挙で、事実に基づいた議論こそが民主主義のために不可欠であることを思い知ったばかりです。その教訓を、憲法をめぐる議論も踏まえるべきです。 幣原発案説は今後も無くなることはないでしょうが、「神話」を乗り越えた先に、本当に議論すべき論点や、考えるべき点が見えてくるはずです。本文が今後の事実に基づく議論に少しでも寄与すれば幸いです。 【参考文献】 幣原平和財団編『幣原喜重郎』(幣原平和財団、1955年) 杉谷直哉「“平和主義者”幣原喜重郎の誕生」(『Antitled』Vol.4、2024年) 種稲秀司「憲法九条幣原発案説の再否定と『平野文書』の検証」(『國學院大學紀要』第62巻、2024年) 中村克明「憲法9条=幣原発案説の再考」(『関東学院大学人文学紀要』第146号、2022年) 服部龍二『幣原喜重郎』(吉田書店、2017年、初版2006年)
杉谷 直哉(山陰研究センター客員研究員・京都府立大学共同研究員)