予想外のアクシデントを起こす「薬剤性せん妄」。実はハイリスク薬を私たちは当たり前に使っていた
「薬剤性せん妄」を起こしやすい高齢者の脳
高齢者が若い人に比べて薬剤性せん妄を起こしやすいひとつの原因は、脳の働きが衰えているためです。人の脳は加齢とともに容量が少しずつ縮小し、脳内の神経伝達物質の量も減りやすくなっています。神経伝達物質とは、ドーパミン、セロトニン、アセチルコリン、ノルアドレナリンなど、脳の機能や行動、感情、学習、記憶などのコントロールに関与している化学物質のことです。高齢者の脳は、神経伝達物質が減りやすく、アンバランスを起こしやすい状態にあるのです。 せん妄がどういうしくみで起こるのかは不明な部分もありますが、おそらく加齢とともに脳の機能が落ちているところに、薬が影響し、神経伝達物質のアンバランスなどが脳内に生じる。それによってせん妄を発症しやすくなると考えられます。
せん妄を起こす身近な薬とは
厚労省の「重篤副作用疾患別対応マニュアル 薬剤性せん妄」(令和3年3月)で、薬剤性せん妄のハイリスク薬として、次のような薬をあげています。高齢者にとって、わりと身近な薬も含まれているのに気がつきませんか。 ・一般的な睡眠薬 ・抗不安薬(GABAA受容体作動薬〈ベンゾジアゼピン系薬、非ベンゾジアゼピン系睡眠薬〉)※長期間服用していたGABAA受容体作動薬を、急に中止したときにもせん妄を発症することがある ・麻薬性鎮痛薬(オピオイド) ・副腎皮質ステロイド ・抗ヒスタミン薬(抗アレルギー薬) ・H2ブロッカー薬(制酸薬) ・抗パーキンソン病薬 これらの薬の多くは、「抗コリン作用」のある薬です。抗コリン作用とは、アセチルコリンの働きを抑える作用のこと。アセチルコリンは記憶や注意、集中にかかわり、脳の活動を高める作用がありますが、この働きを抑えてしまうため、脳の活動が落ちてしまいます。
突然、暴走事故を起こす危険性も
ちなみに、池袋暴走事故を起こした当時87歳の受刑者は、公判でパーキンソン病を患っていたことが明らかにされ、事故当時、パーキンソン病薬を服用していた可能性が強いのです。意識がもうろうとした状態で幻覚が見えていた可能性が小さくありません。 高齢者の場合、抗コリン作用がある薬以外に、日常的に飲んでいる薬でもせん妄は起こりやすくなっています。以前から飲んでいて、特に副作用が気にならなかったという薬でも、その日の体調などによってせん妄が起こることがあります。 薬剤性せん妄は、薬の副作用のなかで最も注意したいものです。意識の混乱や注意の低下によって、転んだり、けがをしたり、運転を誤ったり、身体的な危険が直接及ぶことがあるためです。認知症と間違われ、不適切な対応をされることもあります。それ以上に運転中に起こると大変危険で、暴走事故を起こしかねません。 くり返しになりますが、薬剤性せん妄が起きたらすぐに医者や薬剤師に相談することが重要です。
和田 秀樹(精神科医)