「教育勅語」から「雪深い秋田」へ 安倍政権から菅政権への文化転換
幼児が朗唱する違和感
さて一強といわれた政権につまずきが生じたのは、明らかに森友学園問題からである。以来「モリ・カケ・サクラ・ケンジ」と続いた。いずれも経済や安保といった重要政策の問題ではなく、もちろん官房長官として菅も絡んではいるが、どちらかといえば安倍の個人的な仲間主義の問題ととらえられる。 中でも大きな違和感をもったのは、森友学園の幼稚園に通う子供たちが「教育勅語」を朗唱させられていることだ。これは多くの日本人にとって「文化的な衝撃」であったのではないか。ここにこの政権の、強さと弱さの鍵があるような気がする。 教育勅語とは何か。改めて読んでみると、これは簡明にまとめられた素晴らしい道徳律というべきであろう。忠義と孝行を基本に、兄弟夫婦友人は仲良くして学問と仕事に励み、憲法と法律に従い「公」のために尽くせ、という内容で、明治維新によって成立した近代国家日本が期待する人間像の凝縮といえる。 しかしその「公」とは皇室の繁栄とほぼイコールであり、天皇自身の言葉として語られるものを子供たちが朗唱することによる集団的一体感が、太平洋戦争に至る日本人の精神的ベースを形成したとすれば、戦後の平和民主主義の立場からは否定せざるをえないものであった。
教育勅語 vs 憲法9条
総理大臣夫人が、幼児に教育勅語を朗唱させる学園が運営する学校の名誉校長となっている。もちろん法的には、国有地の売却に関する問題が大きいのだが、それは別にして、この過去のものであったはずの教育勅語と現役バリバリの総理大臣の結びつきに国民の多くが抱いた印象は、加計学園問題にも、桜を見る会の問題にも、引き継がれたように感じられる。 逆に、安倍一強の秘密もそこにあったのではないか。自民党の中で、これほど日本の精神的右派を取り込んだ政権はなかった。やはりこの勅語には日本人の心を揺るがす何ものかが潜んでいるのだろう。戦後は平和民主主義になったとはいえ、天皇と国家への忠誠と、勤勉と和の道徳を示す勅語の精神は、日本文化の片隅に息づいていたのではないか。 安倍政権は、そういった心をもつ人々によって支えられているところがあった。それが、かつての社会党や、共産党や、今の立憲民主党といった野党の、進歩主義的な論理に対する、自民党という保守的な党の心の底に潜む反発に共振したのだ。そしてそれが民主党政権のあとの、国民の心の左から右への振り子の振れ返しにも共振したのだ。「一強」は、日本文化の精神的な力学から生まれたと思われる。 そして戦後、教育勅語に代わって強い力をもったのが、平和憲法における「憲法9条」であったのかもしれない。つまり戦後日本人の心には「教育勅語的道徳」と「平和憲法的モラル」が同居していたのだ。戦後日本文化に教育勅語と憲法9条という二つの力が振り子の両極のように陣取っていたとすれば、安倍晋三が国論を二分したこともうなずける。彼はまさにその9条を変えようとしたのだから。