書籍のヒット連発で新潮社この1年の好調 長岡義幸
『成瀬は天下を取りにいく』が新人作家として異例のヒット
第20回「女による女のためのR-18文学賞」(21年)で大賞を受賞した「ありがとう西武大津店」を含む短編集『成瀬は天下を取りにいく』が、新人作家のデビュー作としては異例のヒットを記録している。コロナ禍に青春を送る女子中学生2人の物語で、R-18文学賞の大賞のほか読者賞と友近賞も受賞した三冠作品だ。 この本は、書店員にプルーフを配ったり、著名人にコメントを寄せてもらったり、半年がかりで事前プロモーションを行った結果、初版部数1万5000部という新人作家としては異例の数字からスタートし、発売半年で10万部を突破した。新潮社でデビューした作家の作品では、1998年の平野啓一郎さんの『日蝕』以来、25年ぶりの快挙だという。 「驚くほどコンスタントに売れています。ふつう新刊のときの盛り上がりが徐々に落ち着いてくるものだと思うんですが、3月発売で、9刷がかかったのが11月に入ってから。口コミで読者が広がっているのを感じます。続きが読みたい、という声もすごく多い」と、『成瀬は――』の担当編集者であり、R-18文学賞の事務局を務める出版部次長の西山奈々子さんは話す。その声を受けて1月24日に刊行される次作『成瀬は信じた道をいく』は、高校生、大学生になった主人公たちの話となる。 R-18文学賞は、23年前に社内の女性編集者が「女性の書く官能小説がもっとあってほしい」という思いから立ち上げた有志企画の賞で、第11回からは女性ならではの感性を生かした小説を募集するようになった。これまでに窪美澄さんや彩瀬まるさん、町田そのこさんなど、錚々(そうそう)たる作家を多数輩出している。 「賞の設立当初、官能小説といえば男性が書き、読むもので、女性が女性のための官能を描くことは勇気のいることでした。それを後押ししたいと始まった賞だと聞いています。それが珍しいことでなくなったあとは、官能という縛りを外し、多様な作品が集まるようになっています」と西山さんは説明する。社内の有志の女性社員30人ほどが選考にかかわり、部署を超えて協力しあっているという。 「宮島さんは4回目の応募で受賞されました。なので社内選考委員も皆、以前の応募作を読んでいて、前より良くなっている、とか、いろいろ書ける人なんだね、と評価が高まっていました。受賞作は宮島さんの持ち味とも言えるカラッとした文体がよく生かされた小説で、納得の三冠でした。コロナ禍で青春を過ごす中高生の物語というと、どうしても、行動を制限された状況下での、辛い、かわいそうなお話を想像してしまいますが、成瀬はそんな中でもできる挑戦を掲げて邁進します。半径数メートルの日常がいかに可能性に満ちているかということを、クスッと笑えるユーモアも交えて描いていて、すごく救いだなと思いましたね。あとは単純に、成瀬や、幼馴染みの島崎などの登場人物のキャラクターが生き生きしていて面白いんです」と西山さんは語る。 R-18文学賞は、女性の書き手と読者の感性を刺激する賞として、出版界に新しい風を吹き込んでいる。宮島さんのデビュー作は、その典型と言えそうだ。